【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)中巻・その陸
垂仁天皇
伊久米伊理毘古伊佐知命 坐師木玉垣宮治天下也 此天皇娶沙本毘古命之妹佐波遲比賣命 生御子 品牟都和氣命【一柱】又娶旦波比古多多須美知宇斯王之女 氷羽州比賣命 生御子 印色之入日子命【印色二字以音】次大帶日子淤斯呂和氣命【自淤至氣五字以音】次大中津日子命 次倭比賣命 次若木入日子命【五柱】又娶其氷羽州比賣命之弟 沼羽田之入毘賣命 生御子 沼帶別命 次伊賀帶日子命【二柱】
伊久米伊理毘古伊佐知命師木の玉垣宮に坐し天下治む也此の天皇沙本毘古命之妹佐波遅比売命娶し生れまし御子品牟都和気命【一柱】又旦波比古多多須美知宇斯王之女氷羽州比売命娶し生れまし御子印色之入日子命【印色二字音以てす】次大帯日子淤斯呂和気命【淤自り気至五字音以てす】次大中津日子命次倭比売命次若木入日子命【五柱】又其の氷羽州比売命之弟沼羽田之入毘売命娶し生れまし御子沼帯別命次伊賀帯日子命【二柱】
伊久米伊理毘古伊佐知命は磯城(奈良盆地の東南部)の玉垣の宮(纒向珠城宮)にいらっしゃり、天下を治められました。
この天皇は、沙本毘古命の妹の佐波遅比売命を娶られ、御子の品牟都和気命が生まれました。
一柱です。
また、旦波(丹波)の比古多多須美知宇斯王の娘、氷羽州比売命を娶られ、御子の印色之入日子命、大帯日子淤斯呂和気命、大中津日子命、倭比売命、若木入日子命が生まれました。
五柱です。
また、その氷羽州比売命の妹、沼羽田之入毘売命を娶られ、御子の沼帯別命、伊賀帯日子命が生まれました。
二柱です。
又娶其沼羽田之入日賣命之弟 阿邪美能伊理毘賣命【此女王名以音】生御子 伊許婆夜和氣命 次阿邪美都比賣命【二柱 此二王名以音】又娶大筒木垂根王之女 迦具夜比賣命 生御子 袁邪辨王【一柱】又娶山代大國之淵之女 苅羽田刀辨【此二字以音】生御子 落別王 次五十日帶日子王 次伊登志別王【伊登志三字以音】又娶其大國之淵之女 弟苅羽田刀辨 生御子 石衝別王 次石衝毘賣命 亦名布多遲能伊理毘賣命【二柱】凡此天皇之御子等十六王【男王十三女王三】
又其沼羽田之入日売命之弟阿邪美能伊理毘売命【此の女王の名音以てす】娶し生れまし御子伊許婆夜和気命次阿邪美都比売命【二柱此の二王の名音以てす】又大筒木垂根王之女迦具夜比売命娶し生れまし御子袁邪弁王【一柱】又山代大国之淵之女苅羽田刀弁【此の二字音以てす】娶し生れまし御子落別王次五十日帯日子王次伊登志別王【伊登志三字音以てす】又其の大国之淵之女弟苅羽田刀弁娶し生れまし御子石衝別王次石衝毘売命亦名布多遅能伊理毘売命【二柱】凡此の天皇之御子等十六王【男王十三女王三】
また、その沼羽田之入日売命の妹、阿邪美能伊理毘売命を娶られ、御子の伊許婆夜和気命、阿邪美都比売命が生まれました。
二柱です。
また、大筒木垂根王の娘、迦具夜比売命を娶られ、御子の袁邪弁王が生まれました。
一柱です。
また、山代の大国之淵の娘、苅羽田刀弁を娶られ、御子の落別王、五十日帯日子王、伊登志別王が生まれました。
三柱です。
また、その大国之淵の娘、弟苅羽田刀弁を娶られ、御子の石衝別王、石衝毘売命またの名は布多遅能伊理毘売命が生まれました。
二柱です。
全部でこの天皇の御子は、十六柱の王です。
男王は十三柱、女王は三柱。
故大帶日子淤斯呂和氣命者治天下也【御身長一丈二寸 御脛長四尺一寸也】次印色入日子命者 作血沼池又作狹山池又作日下之高津池 又坐鳥取之河上宮 令作横刀壹仟口是奉納石上神宮 卽坐其宮定河上部也 次大中津日子命者【山邊之別三枝之別稻木之別阿太之別尾張國之三野別 吉備之石无別許呂母之別高巢鹿之別飛鳥君牟禮之別等祖也】次倭比賣命者【拜祭伊勢大神宮也】
故大帯日子淤斯呂和気命者天下治む也【御身長一丈二寸御脛長四尺一寸也】次印色入日子命者血沼の池作り又狭山の池作り又日下之高津の池作らむ又鳥取之河上の宮に坐し横刀壱仟口作ら令め是石上の神宮奉納即ち其の宮に坐し河上部定む也次大中津日子命者 【山辺之別三枝之別稲木之別阿太之別尾張国之三野別吉備之石无別許呂母之別高巣鹿之別飛鳥君牟礼之別等祖也】次倭比売命者【伊勢の大神宮拝祭也】
そして、大帯日子淤斯呂和気命は天下を治められました。
身長は一丈二寸、脛の長さは四尺一寸です。
次に印色入日子命は、茅渟池、狭山池、日下の高津池を作りました。
また、鳥取の河上の宮にいらっしゃり、横刀壱仟口(千ふり)を作るよう命じ、これを石上の神宮に奉納しました。
そして、その宮におられて、これを河上部としました。
次に大中津日子命は、山辺別、三枝別、稲木別、阿太別、尾張の国の三野別、 吉備の石无別、許呂母別、高巣鹿別、飛鳥君、牟礼別らの先祖です。
次に倭比売命は、伊勢の大神宮を拝み祭られました。
次伊許婆夜和氣王者【沙本穴太部之別祖也】次阿邪美都比賣命者【嫁稻瀬毘古王】次落別王者【小月之山君三川之衣君之祖也】次五十日帶日子王者【春日山君高志池君春日部君之祖】次伊登志和氣王者【因无子而爲伊子代定伊部】次石衝別王者【羽咋君三尾君之祖】次布多遲能伊理毘賣命者【爲倭建命之后】
次伊許婆夜和気王者【沙本穴太部之別祖也】次阿邪美都比売命者【稲瀬毘古王に嫁がむ】次落別王者【小月之山君三川之衣君之祖也】次五十日帯日子王者【春日山君高志の池君春日部君之祖】次伊登志和気王者【因无子而伊子代と為て伊部定む】次石衝別王者【羽咋君三尾君之祖】次布多遅能伊理毘売命者【倭建命之后と為す】
次に伊許婆夜和気王は、沙本の穴太部之別の先祖です。
次に阿邪美都比売命は、稲瀬毘古王に嫁がれました。
次に落別王は、小槻山君、三河の衣君の先祖です。
次に五十日帯日子王は、春日山君、高志の池君、春日部君の先祖です。
次に伊登志和気王は、子が無いため、子の代わりに伊登志部を定められました。
次に石衝別王は、羽咋君、三尾君の先祖です。
次に布多遅能伊理毘売命は、倭建命の后になられました。
此天皇以沙本毘賣爲后之時 沙本毘賣命之兄沙本毘古王問其伊呂妹曰 孰愛夫與兄歟 答曰愛兄 爾沙本毘古王謀曰 汝寔思愛我者將吾與汝治天下 而 卽作八鹽折之紐小刀 授其妹曰 以此小刀刺殺天皇之寢 故天皇不知其之謀而 枕其后之御膝爲御寢坐也 爾其后以紐小刀爲刺其天皇之御頸 三度擧
而不忍哀情不能刺頸而 泣淚落溢於御面
此の天皇沙本毘売以て后と為し之時沙本毘売命之兄沙本毘古王其伊呂妹に問曰く孰愛夫与兄歟答へ曰く兄愛みむ爾沙本毘古王謀りて曰く汝寔我愛思ふ者将吾与汝天下治む而即ち八塩折之紐小刀作り其の妹授け曰く此の小刀以て天皇之寝しを刺し殺せ故天皇其之謀不知而其の后之御膝枕ぎ御寝為坐也爾其の后紐小刀以て其の天皇之御頸為刺三度挙げ而哀情不忍不能刺頸而泣涙於御面落ち溢る
この天皇が、沙本毘売を皇后となされたとき、沙本毘売命の兄沙本毘古王は妹に、問いました。
「お前は、夫と兄のどちらを愛すか。」
妹は、答えました。
「兄を愛しますわ。」
そこで、沙本毘古王は謀を、告げました。
「お前が本当に私を愛しいと思うのなら、私とお前で天下を治めよう。」
そして、八塩折の小刀を作り、妹に授け言いました。
「この小刀を使って、天皇の寝ているところを刺し殺せ。」
さて、天皇はその謀を知らぬまま、皇后の膝を枕にして寝ておられました。
そこで皇后は、小刀で天皇の御頸を刺そうとして、三度小刀を振りあげました。
しかし、哀れと思う気持ちに耐えられずに頸を刺すことができず、流した涙は御面に落ち、溢れました。
乃天皇驚起 問其后曰 吾見異夢 從沙本方暴雨零來急沾吾面 又錦色小蛇纒繞我頸 如此之夢是有何表也 爾其后以爲不應爭 卽白天皇言 妾兄沙本毘古王問妾曰 孰愛夫與兄 是不勝面問故妾答曰愛兄歟 爾誂妾曰 吾與汝共治天下故當殺天皇云而 作八鹽折之紐小刀授妾 是以欲刺御頸 雖三度擧哀情忽起不得刺頸而 泣淚落沾於御面必有是表焉 爾天皇詔之吾殆見欺乎
乃天皇驚起其后に問ひて曰く吾異夢見ぬ沙本の方従暴雨零来急も吾面沾れぬ又錦色の小蛇我が頸に纒繞らむ如此之夢是有何表也爾其后不応争以て為し即ち天皇に言ひ白す
妾が兄沙本毘古王妾に問ひ曰さく孰愛夫与兄是不勝面問故妾答へ曰さく愛兄歟爾妾に誂みて曰さく吾与汝共に天下治めむ故天皇当殺と云ひし而八塩折之紐小刀作りて妾に授く是以御頸欲刺雖三度挙哀し情忽起こり不得刺頸而御面に於泣涙落ち沾む必ず有是表焉爾天皇之詔吾殆見欺乎
すると天皇は眼をさまし、皇后にお尋ねになりました。
「私は異な夢を見た。沙本の方からにわか雨が降って来て、あっという間に私の面を濡らした。また小さな錦蛇が私の頸に纏わりついた。このような夢は、一体何を表わしているのだろう。」
こう言われた皇后は、もう抗うことはできないと思い、天皇にこう申し上げました。
「わらわの兄沙本毘古王は、わらわに『お前は夫と兄、どちらを愛するか。』と問いました。これを、あまりに厳しい表情で問われたので、わらわは『兄を愛します。』と申してしまいました。そこでわらわを唆し、『私とお前が共に天下を手にするために、天皇を殺すべし。』と申し、八塩折の小刀を作り、わらわに授けました。これを使って御頸を刺そうとして、三度振りあげたのですが、悲しい気持ちがたちまちに起こり、御頸を刺すことができず、涙が御面に落ち濡らしてしまいました。このことの表れに違いありません。」
天皇は、仰りました。
「私はほとんど騙されるところであった。」
乃興軍擊沙本毘古王之時 其王作稻城以待戰 此時沙本毘賣命不得忍其兄 自後門逃出而納其之稻城 此時其后妊身 於是天皇不忍其后懷妊及愛重至于三年 故廻其軍不急攻迫 如此逗留之間其所妊之御子既產 故出其御子置稻城外 令白天皇若此御子矣天皇之御子所思看者可治賜 於是天皇詔雖怨其兄猶不得忍愛其后 故卽有得后之心
乃軍興し沙本毘古王撃ちし之時其の王稲城作り以て戦待てり此の時沙本毘売命其の兄不得忍後門自り逃げ出而其之稲城に納む此の時其の后妊身たり於是天皇其の后懐妊及愛于重三年に至り不忍故其の軍廻らせ不急攻迫此如逗留りし之間其の妊所之御子既に産まれし故其の御子出稲城の外に置き天皇に令白若し此の御子をば/矣/天皇之御子と所思看者可治賜於是天皇詔其の兄怨むれ雖猶其の后愛不得忍故即ち后之心有得
このようにして軍勢を興し、沙本毘古王を攻撃した時、その王は稲城を作って構え、戦を待ちました。
この時沙本毘売命は兄を忍ばれず、後門から逃げ出して稲城に入りました。
この時、皇后は懐妊しておりました。
ここに、天皇は皇后が懐妊し、また愛を重ねること三年に至ることに忍びず、軍勢で包囲しながら、攻撃を躊躇っておりました。
こうして留まっている間に、妊娠していた御子は既に産まれました。
そこで、その御子を出して、見えるように稲城の外に置き、天皇にこう申し上げさせました。
「もしこの御子を天皇の御子と思し召されば、お収めください。」と。
それに対して、天皇は「皇后の兄は怨むが、猶皇后を愛することに忍び難い。」と仰りました。
このようにして、皇后の希望を受け容れました。
是以選聚軍士中力士輕捷而宣者 取其御子之時乃掠取其母王 或髮或手當隨取獲而掬以控出 爾其后豫知其情 悉剃其髮以髮覆其頭 亦腐玉緖三重纒手 且以酒腐御衣如全衣服 如此設備而抱其御子刺出城外 爾其力士等取其御子卽握其御祖 爾握其御髮者御髮自落 握其御手者玉緖且絶 握其御衣者御衣便破 是以取獲其御子不得其御祖 故其軍士等還來奏言 御髮自落御衣易破亦所纒御手玉緖便絶 故不獲御祖取得御子 爾天皇悔恨而惡作玉人等皆奪其地 故諺曰不得地玉作也
是以軍士聚めし中力士軽捷選り而宣ひし者其の御子取らむ之時乃其の母王掠取へ或髪或手に当る隨取獲て而掬り以て控き出せ爾其の后豫其の情知り悉其の髪剃りて髪以て其の頭覆ひ亦腐りし玉緖三重手に纒ひ且酒以ちて腐らし御衣の如し全衣服り此如設備而其の御子抱き城の外刺し出爾其の力士等其の御子取り即ち其の御祖握まむとす爾其の御髪握め者御髪自落ち其の御手握め者玉緖且絶え其の御衣握め者御衣便破る是以其の御子取獲其の御祖不得故其の軍士等還り来て言奏さく御髪自落ち御衣易く破れ亦御手所纒し玉緖便く絶え故御祖不獲御子取得爾天皇悔恨て而玉を悪しく作りたる人等皆其の地奪はる故諺に曰す不得地玉作也
そのため精鋭の兵を集合させ、その中から腕力のある者や敏捷な者を選び、このように言われました。
「御子を受け取る際に、その母を掠め捕えよ。髪でも手でも、手に触れ次第取って握み、引っ張り出せ。」
けれども皇后は、その意図を予想し、悉くその髪を剃り、髪でその頭を覆い、また朽ち果てた玉の緖を三重に手に巻き、さらに酒を使って腐らせた御衣のごとくして、全身を整えました。
かくの如く準備して、御子を抱き城の外に差し出したので、腕力の者たちがその御子を取り、同時にその御母を握もうとしました。
ところが、その御髪を握めば御髪は自然に落ち、その御手を握めばまた玉緖がちぎれ、その御衣を握めば御衣は容易く破れました。
こうしてその御子は取り、その御母は取り得ませんでした。
そしてその兵らは戻り、このように申し上げました。
「御髪は自然に落ち、御衣は容易く破れ、また御手に装着した玉緖は容易くちぎれ、その結果御母は得ず、御子を得ました。」
それゆえ天皇は悔い恨み、玉を粗製した人たちは、皆その居住地を奪われ、追放されました。
ここから「所を得ぬ玉つくり(玉すり)」という諺が生まれました。
亦天皇命詔其后言 凡子名必母名何稱是子之御名 爾答白 今當火燒稻城之時而火中所生故其御名宜稱本牟智和氣御子 又命詔 何爲日足奉 答白 取御母定大湯坐若湯坐宜日足奉 故隨其后白以日足奉也 又問其后曰 汝所堅之美豆能小佩者誰解【美豆能三字以音也】答白 旦波比古多多須美智宇斯王之女名兄比賣弟比賣 茲二女王淨公民故宜使也 然 遂殺其沙本比古王其伊呂妹亦從也
亦天皇其の后に詔言命し凡子名必ず母名是子之御名何称く爾答へ白し今当に火の稲城焼かむ之時而火中所生故其の御名宜本牟智和気御子称む又詔命す何為
また、天皇は皇后への伝言を命じました。
「だいたい御子の名は、母が名付けるものである。この子の名を何と名付けるか。」
それにお答え申し上げました。
「今、まさに稲城を焼こうとする時です。火中にて生まれたので、その名は本牟智和気御子と名付けます。」
また詔を伝えさせました。
「その養育のために、何をしたらよいか。」
その問いに申し上げました。
「乳母を取り立て、大湯坐(入浴や養育の任に当たる上位の女性)・若湯坐(下位の女性)を定め、養育してあげてください。」
そして、皇后の申し上げたままに、養育しました。
また皇后に問われました。
「お前が堅く締めた瑞の小帯は、誰が解くのだ。」
その問いに申し上げました。
「旦波(丹波)の比古多多須美智宇斯王の娘、名前は兄比売弟比売、 この二人の女王は、聖浄にして公に仕える民でありますから、どうか仕えさせてください。」
このようなことのあと、とうとう沙本比古王は殺され、妹もまた兄に殉じました。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません