【神社の社格】社号という格付けの種類と目的

神道

神道は、そのおおもとは自然信仰から来ています。
そしてそのため、自然宗教と分類されています。

それに対して誰かが言いだした宗教のことを、創唱そうしょう宗教といいます。
創唱宗教には、もちろんその言いだした教祖がいます。
そして、その人が語る教義やそれを書き連ねた経典があります。

しかし、神道にはそれはありません。
明治政府は、欧米諸国に対抗するために神道を国家宗教として、天皇を教祖、教義を祝詞のりと、経典を古事記・日本書紀としましたが、それはあくまで形だけでした。

宗教と聞くと、現代人は教祖・教義・経典がセットになったものだと思っていますが、神道はそれとは全然別のものです。
神道にとっていちばん大事なのは、祭祀さいしという儀式なのです。
実際に儀式を行うのは、神職という肩書を持った人々です。
そして、その儀式の責任者としてトップにいるのが天皇です。

神社という儀式の場

儀式とは、神饌しんせん(食べ物の供物)や幣帛へいはく(食べ物以外の供物)をお供えして舞・歌などを神々に奉納することで、国家安泰・五穀豊穣ごこくほうじょうなどを祈ることです。
そして、それを執り行うのは神社という儀式の場です。

神社は、いにしえの昔からのしきたりによって祭祀の儀式を行うことにより、時空を超え私達の祖先でもある神々とつながることができる特別な場所として今でも存在しているのです。

神社の格式

ただ、その神社には「社格」という神社の格付けが存在し、一番社格が高いのは、もちろん天皇家の祖先神である天照大御神あまてらすおおみかみが祀られる伊勢神宮です。

古代の社格制度

式内社しきないしゃ

「社格」は、そもそも神道が興った当初(平安時代)から延喜式えんぎしきという法律によりありました。
神名帳じんみょうちょうという一覧には、国の保護を受ける「式内社しきないしゃ」のみが載せられ、その数は2861社でした。

式内社は神への捧げものである幣帛へいはくを奉じることができたり、神田しんでん(神社の祭祀さいしなどの運営経費にあてる領田りょうでん=寺社領のこと)が与えられたりと言った優遇措置が取られました。
式内社の反対は式外社しきげしゃといい、神社として国から認められませんでした。

また式内社には、官幣社かんぺいしゃ国幣社こくへいしゃがありました。
官幣社かんぺいしゃは朝廷が運営し、国幣社こくへいしゃは朝廷から地方に派遣された国司こくじが運営していました。

そして、それぞれ大社と小社という格付けがありました。
官幣大社かんぺいたいしゃは198社官幣小社かんぺいしょうしゃは375社、そして国幣大社こくへいたいしゃは155社国弊小社こくへいしょうしゃは2133社という内訳になっていました。

そして官幣大社・国幣大社それぞれのうち重要とされた神社を名神大社みょうじんたいしゃとして224社指定しました。

二十二社

平安時代の後期になると、律令制の衰退とともに式内社の意味も薄らいでいくようになり、朝廷により近い22社を選び幣帛を奉るようになっていきました。
それにより、朝廷の力が及ぶ近畿地方の神社のうち22社を、特別な神社として指定しました。

そしてそれを、上七社かみななしゃ中七社なかななしゃ下八社しもはちしゃとして、三つに分け指定しました。

上七社かみななしゃ

  1. 伊勢神宮
    • 皇大神宮こうたいじんぐう(伊勢神宮・内宮ないぐう
    • 豊受大神宮とようけだいじんぐう(伊勢神宮・外宮げぐう
  2. 石清水いわしみず八幡宮はちまんぐう
  3. 賀茂神社
    • 賀茂かも別雷わけいかずち神社
    • 賀茂かも御祖みおや神社
  4. 松尾大社まつのおたいしゃ
  5. 平野神社
  6. 伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃ
  7. 春日かすが大社

中七社なかななしゃ

  1. 大原野おおはらの神社
  2. 大神おおみわ神社
  3. 石上いそのかみ神宮
  4. 大和おおやまと神社
  5. 廣瀬ひろせ大社
  6. 龍田たつた大社
  7. 住吉すみよし大社

下八社しもはちしゃ

  1. 日吉ひよし大社
  2. 梅宮うめのみや大社
  3. 吉田神社
  4. 廣田ひろた神社
  5. 八坂やさか神社
  6. 北野天満宮きたのてんまんぐう
  7. 丹生川上にうかわかみ神社
    • 丹生川上神社上社かみしゃ
    • 丹生川上神社中社なかしゃ
    • 丹生川上神社下社しもしゃ
  8. 貴船きふね神社

この二十二社とともに、地方では格式の高い順に一宮いちのみや二宮にのみや三宮さんのみやという呼び名に変わっていくことになりました。

近代の社格制度

明治政府は、新しい国造りの基本として「王政復古」を掲げました。
つまり、それまで朝廷と実際に国を支配する武家による幕府という二重構造をやめ、再び王(天皇)によるまつりごとを行う国造りを目指したのです。
そのために必要なことは、神道による祭祀の儀式のトップであった天皇をこの国の王にするからには、神道もまた国の宗教、つまり国家宗教にすることでした。
そして、この方針のもと新たに規定されたのが、近代の社格制度でした。

まず伊勢神宮は、「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」だとして、この社格制度には含みませんでした。

その他の基本は、平安時代の延喜式えんぎしき踏襲とうしゅうしました。
ただ詳細は延喜式より細分化されました。

延喜式で認められていた官幣社と国幣社をまとめて「官社」とし、その内訳は官幣(大社・中社・小社)国幣(大社・中社・小社)別格官幣社としました。
別格官幣社とは、国家に功績を挙げた忠臣や、国家のために亡くなった武将・志士・兵士などを祭神としてまつる神社のことを指し、27社が登録されました。

詳細は、靖国やすくに神社・小御門こみかど神社・福井神社・唐沢山からさわやま神社(唐澤山神社)・湊川みなとがわ神社・霊山りょうぜんじんじゃ神社・藤島ふじしま神社・談山たんざん神社・日光東照宮・豊国とよくに神社・護王ごおう神社・久能山くのうざん東照宮・名和なわ神社・梨木なしのき神社・常磐ときわ神社・阿部野あべの神社・上杉神社・豊榮とよさか神社・結城ゆうき神社・北畠きたばたけ神社・尾山おやま神社・佐嘉さが神社・山内神社・菊池神社・四條畷しじょうなわて神社・照国てるくに神社・建勲けんくん神社となっています。

そして、その他の神社を「諸社(民社)」として、府社県社郷社村社無格社に分けました。

官社と諸社の違いは、前者が国から幣帛を受けるのに対して。後者は地方の行政機関から幣帛を受けることになったことでした。
ただし無格社は、幣帛を受けることはありませんでした。
この無格社は、全国に6万社ほどあったとされます。

社格制度の消滅

この社格制度が廃止されたのは、GHQによる神道指令です。
これにより国からの保護がなくなり、民間団体として神社本庁という宗教法人を立ち上げました。

神社本庁は、各都道府県に神社庁を置き、全国に8万社ほどあるとされる神社のうち7万9千社ほどを包括しています。
ただ、その仕組みが近年問題になってもいます。

Posted by まれびと