【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・序文

古事記

卽覺夢而敬神祇所以稱賢后望烟而撫黎元於今傳聖帝定境開邦制于近淡海正姓撰氏勒于遠飛鳥雖

(すなは)(いめ)(み)(しかるに)(あまつかみ)(くにつかみ)(うやま)所以(このゆえ)賢后(さかききさき)(たた)へ煙を望みて(しかるに)黎元(れいげむ)(あはれ)び今に伝ふる聖帝(ひじりのみかど)(さかひ)を定め(くに)を開き(ちか)淡海(あふみ)(をさ)(かばね)を正し(うじ)(え)りし(とを)飛鳥(あすか)(しる)

すなわち、夢のお告げにより神々をうやまわれたことにより賢后けんごうと称えられ(14代仲哀ちゅうあい天皇の皇后こうごう神功皇后じんぐうこうごう)、煙を眺め民衆を愛しみ(16代仁徳にんとく天皇)、今に伝わる聖帝(13代成務せいむ天皇)は国境を定められ国を開かれ近淡海ちかつおうみ(琵琶湖)で執政しっせいされかばねを正しうじを定めなされ、天皇(19代允恭いんぎょう天皇)は遠い飛鳥あすか(大和の国)で統治なさりました。

步驟各異文質不同莫不稽古以繩風猷於既頽照今以補典教於欲絶

(あゆみ)(はしり)(おのもおのも)(こと)にし(あや)(しろ)不同(おなじからざ)(ど)(いにしへ)(かむが)(も)ちて(すで)(くず)れしに(おいて)風猷(ふうゆう)(ただ)すこと今に照らし(も)ちて(まさ)に絶へむとすに(おいて)(のり)(をしへ)(おきな)ふこと莫不(あらざるなし)

進む速さはそれぞれ異なり、文化の質は同じではないとしても、過去を振り返り、すでにすたれてしまったことに対して気風や道理を正すこと、現在に目を向け、まさに途絶えようとすることに対して法規や教養を補うこと、これらをおこたったことは決してありませんでした。

天武天皇の業績(壬申じんしんの乱)

曁飛鳥淸原大宮御大八洲天皇御世濳龍體元洊雷應期開夢歌而相纂業投夜水而知承基然天時未臻蟬蛻於南山人事共給虎步於東国

飛鳥(あすか)清原(きよみがはら)大宮(おほみや)にて大八洲(おほやしま)(をさめ)たまふ天皇(すめらみこと)御世(みよ)(およ)びて潜龍(せむりよう)(もと)(あらは)洊雷(せむらい)(まさ)(こころざ)さむとす(いめ)の歌を(と)きて(しかるに)(あつま)りし(つとめ)(み)(よ)(みづ)(くくり)(しかるに)(もと)(う)けむと知る(しかれども)(あめ)(とき)(いた)らず南の山に(おいて)(せみ)(もぬ)(ひと)(こと)(とも)(そな)はり東国(あづま)(おいて)虎歩む

飛鳥浄御原宮あすかきよみがはらのみやにて全国を治められた天皇の時代のことです。(40代天武天皇の時代)

御子みこ(天皇の子)は、潜竜せんりゅう(龍になる前の、雄伏している)ことを身にしみて体感し、今ついに水が至り雷鳴がとどろく時を迎えたのです。

夢のお告げにあった歌の謎を解いたところすべしであるとなり、みそぎをし占ったところ重大な使命をけるべきだと告げられたのです。

とはいえ、天の時(天皇即位の時)はいまだ至らず南の山(吉野山)におられましたが、前天智天皇の崩御ほうぎょ(死亡)により脱皮してせみとなるように天子てんし(天皇)となられました。

そして、人々が集まりいくさの準備ができたので、東国(不破の関=岐阜県関が原付近より東全部)に向かって虎のような大軍が進まれたのです。

皇輿忽駕淩渡山川六師雷震三軍電逝杖矛擧威猛士烟起絳旗耀兵凶徒瓦解

(すめら)輿(こし)(たちま)ちに(か)け山川を(しの)ぎ渡る六師(りくし)雷震し三軍(みいくさ)電逝(でんせい)(ほこ)(と)(い)(あ)(たけ)(つはもの)煙起(けぶりにたち)(はた)(あか)くして(つはもの)耀(かがや)凶徒(あた)瓦解(ぐわかいす)

天皇(大海人皇子おおあまのおうじ天武てんむ天皇)の輿こし(くるま)はたちまち兵を起こし、山を越え川を渡り、六師団は雷のとどろく音をさせ、三軍は稲妻のように素早く進軍しました。
矛を手にして威を高らかに示し、勇猛な士は狼煙のろしに決起し、旗を赤々と掲げて武器を輝かせ、ぞく軍(大友皇子おおとものおうじの軍)は瓦解がかい(ばらばらにくずれ落ちる)しました。

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乃放牛息馬愷悌歸於華夏卷旌戢戈儛詠停於都邑歲次大梁月踵夾鍾淸原大宮昇卽天位

(すなは)放牛(ほうぎう)息馬(そくば)愷悌(がいてい)華夏(かか)(かへ)り旗を巻き(ほこ)(をさ)舞詠(ぶえい)(みやこ)(むら)(やす)(ほし)大梁(たいれふ)(やど)り月は夾鍾(けふせふ)(あた)りて清原(きよみはら)大宮(おほみや)にて昇りて天位(あまつくらひ)(つ)

すなわち牛を放ち馬を休ませ、そのおだやかさは都に戻り、旗を巻き武器を収納し、踊り舞い歌を詠み、京はくつろぎました。
そうしてとしこよみのこと)は大梁たいりょうとり年)、月は夾鍾きょうしょう(陰暦の二月)となり、浄御原きよみはら大宮おおみや飛鳥浄御原宮あすかのきよみはらのみや=奈良県明日香村飛鳥にあったとされる天武てんむ天皇の居住地)に昇殿され、天皇に即位されました。

道軼軒后德跨周王握乾符而摠六合得天統而包八荒乘二氣之正齊五行之序設神理以奬俗敷英風以弘國重加智海浩汗潭探上古心鏡煒煌明覩先代

(みち)軒后(けむこう)(す)(とく)周王(しうわう)(こ)へり乾符(けむふ)(と)りて(しかるに)六合(りくごう)(す)天統(あまつすめら)を得て(しかるに)八荒(はちくわう)(かね)二気(ふたき)(これ)を正しきに乗り五行(ごぎやう)(の)(つぎて)(ととの)(あや)しき理(ことわり)(ま)けて(も)ちて(ひと)(すす)(すぐ)れたる(のり)(し)(も)ちて国を(ひろ)重加(しかのみにあらず)(さと)き海は浩汗(かうかに)にして(ふか)上古(いにしへ)(さぐ)心鏡(しむきやう)煒煌(いくわう)にして明らかに先代(さきのよ)(み)たまふ

その道は黄帝を超え、その徳は武王を越えておられました。

乾符けんぷ(天のおすみ付きを示す吉兆の札)を握り六合(東西南北天地)を支配し、天統てんとう(天よりの血筋)を得て八荒はちこう(東・西・南・北・南東・北東・南西・北西の周辺地域=中華思想)を統治します。

二気(陰陽)において順を正してり所とし、五行ごぎょうにおいて序を正して浄めます(世の秩序を正しく直して平安にすること)。

神によることわりを明らかにして人民に奨められ、すぐれた気風を知らせ国中に広げられました。

さらに加えまして、智は海のように大いにたたえられ、その深みにはるか古い歴史を探り、心は鏡のように澄みきって輝き、その明るさに賢き先人の業績を見ることができます。

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編纂へんさん経緯いきさつ

於是天皇詔之朕聞諸家之所賷帝紀及本辭既違正實多加虛僞當今之時不改其失未經幾年其旨欲滅

(これ)(お)いて天皇(すめらのみこと)(これ)(つ)(ちん)聞くに諸家(の)帝紀(ていき)及び本辞(ほんじ)(もたら)す所は(すで)に正実を(たが)(おほ)きに虚偽(くは)はる(も)し今の時に(あた)りて(そ)れ失ふを改めざれば幾年(いくとし)(へ)ずして(そ)(むね)(まさ)に滅ばむとす

ここに、天皇すめらみことはこうげられました。

ちんの聞くところでは、諸家(各豪族)に伝わる帝紀ていきみかどの系譜)、本辞ほんじ(旧辞・言い伝え)はすでに真実と違ってきており、多くはうそいつわりを加えられた。

もし、今この時失われてしまうのを改めねば、何年も経たぬうちに本当の内容が消滅してしまうであろう。

Posted by まれびと