【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・序文

古事記

斯乃邦家之經緯王化之鴻基焉故惟撰錄帝紀討覈舊辭削僞定實欲流後葉時有舍人姓稗田名阿禮年是廿八爲人聰明度目誦口拂耳勒心

(これ)(すなは)(はう)(け)(の)経緯にて(わう)(け)(の)(こう)(き)となす(なり)(ゆえ)(おも)ふに帝紀を撰録(せんろく)旧辞を(たう)(かく)す偽を削り実を定め後葉(のちのよ)(つた)えむと(おも)ふ時に舎人(とねり)(かばね)稗田(ひえだ)名を阿礼(あれい)とするもの有り年(こ)れ二十八人聡明を為し目に(わた)り口に(とな)へ耳を払ひ心に(きざ)

これすなわち、邦家(支配下の各地の豪族)のいきさつであり、また王化(王権国家にするため)の大いなる基本である。

そこで、帝紀ていき(帝の系図)を整理記録し、旧辞きゅうじふるい出来事)を調査検討しようと思う。

うそいつわりを削り真実を定め、後世に伝えたい。

そこにたまたまいたのが、姓を稗田ひえだ名を阿礼あれいというつかえ人でした。

年齢は28歳で、その人は聡明で、一通り目を通すだけで難読文字も難なく理解し、音訓も瞬間に判断して話し言葉に直し意味の分かる言葉で読み上げられることができました。

広告

卽勅語阿禮令誦習帝皇日繼及先代舊辭然運移世異未行其事矣

(すなは)阿礼(あれい)(ちょく)帝皇(すめらみこと)日継(ひつぎ)及び先代旧辞を誦習(しょうしゅう)(し)(しか)るに(めぐ)りは移り世は異なり未だ(そ)の事行わざりき

そのような訳で、阿礼あれちょくし(命令を下し)膨大な帝紀ていき(天皇の系図)・旧辞きゅうじ(先人の言い伝え)の資料をしっかり読み込み、全体像を把握しておくよう命じられました。

けれども、天皇継承などの複雑ないきさつにより混乱し、時が移り世も変わりいまだそのことは行われませんでした。

元明げんめい天皇の業績

伏惟皇帝陛下得一光宅通三亭育御紫宸而德被馬蹄之所極坐玄扈而化照船頭之所逮日浮重暉雲散非烟

(ふ)して(おも)ふに皇帝陛下は徳一(とくいつ)にて光宅(こうたく)通三(つうさん)にて亭育(ていいく)紫宸(ししん)(ぎょ)(しか)して徳は馬蹄(ばてい)(きは)む所を(おほ)玄扈(げんこ)(ま)(しか)して(ならひ)は船頭(の)(とら)ふ所を照らす日は浮かび重ねて(かがや)き雲は散り(けぶ)るに(あらざ)

つつしんでただ、陛下が一代で徳を国に大きく広げられ、三統さんとう(天・地・人)の徳にて民衆を養い育てられたことを、御推察すいさつ申し上げます。

紫宸ししん(北極星を指す言葉=天皇の威光)において国中を治められその徳は馬がけて行ける限りをおおい、玄扈げんこ(東アジア大陸の故事で伝説上の帝が座したという場所=天子の座す場所)におかれまして御風習みならい(その威厳)は船をいで行ける限りを照らします。

日は浮かび輝きを増し、雲は消えかすむこともありません。

連柯幷穗之瑞史不絶書列烽重譯之貢府無空月可謂名高文命德冠天乙矣

連柯(れんか)并穗(へいずい)(こ)(しるし)(ふみ)(しる)すこと(た)へず(とぶひ)(つら)(をさ)(かさ)(ここ)(みつ)(みくら)(むな)しき月無し名は文命(ぶんめい)より高し徳は天乙(てんいつ)(まさ)れりと(い)(べ)(かな)

連柯れんか連理木れんりぼく=一つの枝が他の枝と連なって木目が通じた様)并穗(へいずい)嘉禾かか=穂がたくさんついた立派な稲)は吉祥きっしょうきざし(繁栄することの前触まえぶれ)であり、歴史書への記録は絶えることがありません。

また、国境いには烽火れんか(のろしび)を並べ言葉の違う遠い国から貢物みつぎものがあり、倉がからになる月はありません。

その高名は禹王うおう(最古の中華王朝・夏朝かちょうを創始した王)を越え、その徳は成湯せいとう夏朝かちょうを滅ぼし殷朝いんちょうを創始した湯王とうおう)をしのぐと言ってよいほどであります。

記述方法の解説

於焉惜舊辭之誤忤正先紀之謬錯以和銅四年九月十八日詔臣安萬侶撰錄稗田阿禮所誦之勅語舊辭以獻上者謹隨詔旨

(これ)(お)いて旧辞の誤忤(ごご)を惜しみ先紀の謬錯(びゅうさく)を正す和銅四年九月十八日を(も)って(やつかれ)安万侶(やすまろ)稗田阿礼(ひえだのあれ)(こ)勅語(ちょくご)されし旧辞(きゅうじ)(よう)す所を撰録(せんろく)せむを(しょう)(もち)て献上するは(つつし)みて詔旨(みことのり)(したが)

そこで、旧辞きゅうじ先紀せんきの誤りや食い違いを惜しまれながら正されました。

和同四年九月十八日に至り、わたくし安万侶に稗田阿礼が先にみことのりされた旧辞を読み上げるところを撰録せんろく(選び記録)するよう、みことのり(命令)されました。

このたびこれによって献上けんじょうしますは、つつしんで御旨おんむね(その命令)に従うところであります。

子細採摭然上古之時言意並朴敷文構句於字即難已因訓述者詞不逮心全以音連者事趣更長是以今或一句之中交用音訓或一事之內全以訓錄卽辭理叵見以注明意況易解更非注

子細(しさい)採摭(せき)(しか)るに上古(いにしへ)の時(こと)(おも)ひ並びて(ぼく)にて文に(し)き句に(かまは)ずは(もじ)(お)いて(すなは)(がた)(すで)(よみ)(よ)りて(の)ぶれば詞心(うたごころ)(とら)へず全て(こえ)(も)って(つら)ぬるは事の(おもむき)更に長し(こ)(も)ちて今(ある)ひは一句の中に(こえ)(よみ)(とも)(もち)(ある)ひは一事の內に全て(よみ)(しるし)(な)(すなは)辞理(じり)見るに(かた)しは(つ)ぐを(も)て明らかとなし(おもひ)(ありさま)(と)くに(やす)しは(さら)(つ)ぐに(あら)

なるべく、そのままを細部まで記録しようと努めました。

しかし、古い時代は全体に今では使わなくなった言葉が使われ、文章化しようとして漢字を使うことは困難です。

訓読みで記述してみましたが、うまく分かるようには表せませんでした。

かといって全文音で書き連ねれば、長くなりすぎて困ります。

このようなわけで今、ある場合は一つの区切りのなかに音読み訓読みの両方を用い、ある場合は一つの部分のうちに訓読みだけとします。

そして、言葉の理解が困難な場合は注をつけて分かるようにし、語句の解釈が容易な場合は全く注をつけないことにします。

亦於姓日下謂玖沙訶於名帶字謂多羅斯如此之類隨本不改大抵所記者自天地開闢始以訖于小治田御世

(また)(かばね)日下に(お)いて玖沙訶(くさか)(い)ひ名帯の字に(お)いて多羅斯(たらし)(い)此之(これの)類の如くにして(もと)(したが)ひ改め(ず)大抵記す所は天地開闢(かいびゃく)(よ)り始めて(も)ちて小治田(おはるた)御世(みよ)(に)(いた)

また、姓「日下」においては「くさか」と読み、名「帯」においては「たらし」と読みます。

これに類する場合は元のままに従い、改めないこととします。

全体として記録した範囲は、天地の開闢かいびゃく(世界が初めてできた時)から、小治田宮おはるたのみやの時代(33代推古天皇の時代)までです。

広告

故天御中主神以下日子波限建鵜草葺不合尊以前爲上卷神倭伊波禮毘古天皇以下品陀御世以前爲中卷大雀皇帝以下小治田大宮以前爲下卷幷錄三卷謹以獻上

(かれ)天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)以下(しもつかた)日子波限建鵜草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)以前(さきつかた)上巻(かみつまき)(な)神倭伊波礼毘古天皇(かむやまといわれびこすめらみこと)以下(しもつかた)品陀(ほむた)御世(みよ)以前(さきつかた)中巻(なかつまき)(な)大雀皇帝(おほさざきのみこと)以下(しもつかた)小治田大宮(おはりだのおほみや)以前(さきつかた)下巻(しもつまき)(な)(あは)せて(み)つの(まき)(しる)(つつ)しみ(も)ちて(たてまつ)(あげ)

そのうち、天御中主神あめのみなかぬしのかみから日子波限建鵜草葺不合尊ひこなぎさたけうがやふきあえずのみことまでを上巻かみつまきとし、神倭伊波礼毘古天皇かむやまといわれびこすめらみこと(初代神武天皇)から品陀和気命ほむたわけのみこと(15代応神天皇)の時代までを中巻なかつまきとし、大雀皇帝おおさざきのみこと(16代仁徳天皇)から小治田大宮(33代推古天皇)までを下巻しもつまきとしました。

合わせて三巻に収録し、つつしんで献上いたします。

臣安萬侶誠惶誠恐頓首頓首和銅五年正月廿八日正五位上勳五等太朝臣安萬侶

(やつかれ)安万侶(やすまろ)誠惶(せいくわう)誠恐(せいきょう)頓首(とんしゅ)頓首(とんしゅ)和銅五年正月(しやうぐわつ)廿八日(はつかあまりやうか)正五位上勳五等(おほの)朝臣(あそみ)安万侶(やすまろ)

わたくし 安万侶やすまろ

誠惶誠恐(おそれかしこまり=かしこみかしこみ)

頓首頓首(ぬかずきます=のみまをす)

和銅五年(西暦712年)正月二十八日

正五位上勳五等太朝臣安万侶

広告

Posted by まれびと