【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・本文 その壱

古事記

序文に続いて、本文です。
上巻かみつまきでは、天地が生まれ神々が次々と現れその子孫の話が続き、最後に初代天皇が生まれるところまでが書かれています。

なおここから、原文中に「/上/」という表現が出てきますが、これは「上声じょうしょう」といい「四声ししょう」の内の一つです。

声のトーンによって意味を表す「声調せいちょう(Tone)」というイントネーションにより発声します。

古事記で使われている「四声ししょう」は「中古音ちゅうこおん」とも言われ、隋・唐・五代・宋の初め頃まで使われた4種類の声調のことです。

平声ひょうしょう(低平調)上声じょうしょう(高平調)去声きょしょう(尻上しりあがり調)入声にっしょう(尻下しりさがり調)からなっていました。

この「四声ししょう」は、現代中国語でも上声=第一声(高く平らに発音)去声=第二声(下から上に上がる発音)陰平=第三声(低い音を保つ発音)陽平=第四声(上から下に下がる発音)として使われています。

日本では、平安時代までは大和やまとかな文字にも使われていましたが、鎌倉時代以降使われなくなり現代日本語には平と上のみが残っています。

古事記では、これにより文章を読み下す時の声の調子を指定し、感情を表す間投詞としても使われています。

また、本記事の記述順は序文同様ですが、原文途中にある【 】は、読み下しをするときの注意書きです。
(ただ、原文には 【 】 の記号はありません。本文の後に、少し小さな文字で書き加えてあります。)

古事記の記述は、当時の先進国であった中華王朝で使われていた最先端の表示言語である「漢字」を使っています。
しかしこれは列島の一般庶民にとって意味がわからず聞き慣れない外国語でしかありませんでした。

そのため、それをそのまま音読み(中華王朝の人々の発音)をした場合、よほどの教養人でもない限り何を言っているのか伝わらなかったのです。

当時の日本人にとって漢字は、今で言う英語のような感覚でした。
そうしたことから大和王権の人々は、和製英語ならぬ「和製漢字」として読み下すことにしたのです。

古事記の目的は、国内(大和王権の支配下にある集落群)の一般庶民に、倭族(天孫族)がこの列島を支配する正当な血統であるという証明のためのものでしたので、あまねく人々にその内容を理解してもらう必要がありました。

そのため、例えば現代の人々が英語をカタカナに直して使っているように、当時の各集落の教養人は、この漢文を通常会話で使われていた「大和やまとかな言葉」で読み下し、一般庶民に読み聞かせ伝えていたのでした。

上巻かみつまき(本文)

古事記 : 国宝真福寺本

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

天地初發あめつちはじめておこる

天地初發之時於高天原成神名天之御中主神 【訓高下天云阿麻下效此】 次高御產巢日神次神產巢日神此三柱神者並獨神成坐而隱身也

天地(あめつち)(はじ)めに(お)こりたる(の)高天原(たかあまはら)(おいて)神成りまし名は天之御中主(あめのみなかぬし)の神 【高の(しも)天を(よ)(あ)(ま)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】 次に高御産巣日(たかみむすび)の神次に神産巣日(かむむすび)の神(こ)三柱(みはしら)の神(は)並びて(ひと)り神と成り(ま)して(しかるに)身を隠す(なり)

天地が初めて起こった時のことです。

高天原たかあまはらという場所に神が現れました。

名は天之御中主あまのみなかぬしの神といいます。

次に高御産巣日たかみむすびの神、次に神産巣日かむむすびの神が現れました。

これら三柱みはしらの神はそろって性別のないひとり神で、そのまま姿を隠しました。

次國稚如浮脂而久羅下那州多陀用幣流之時 【流字以上十字以音】 如葦牙因萌騰之物而成神名宇摩志阿斯訶備比古遲神 【此神名以音】 次天之常立神 【訓常云登許訓立云多知】 此二柱神亦獨神成坐而隱身也上件五柱神者別天神

次に国(わか)浮脂(うきあぶら)(ごと)くして(しかるに)(く)(ら)(げ)(な)(す)(た)(だ)(よ)(へ)(る)(の)時 【流の(もじ)以上(かみつかた)十字(とをもじ)(こえ)(もち)てす】 葦牙(あしかび)(ごと)(も)(あ)がる(の)物に(よ)りて神成りまし名は宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 次に天之常立(あまのとこたち)の神 【常を(よ)(と)(こ)(い)ふ立を(よ)(た)(ち)(い)ふ】 (こ)二柱(ふたはしら)の神(また)(ひと)り神成り(ま)(すなは)ち身を隠しませり(なり)(かみ)(くだり)五柱(いつはしら)の神(は)別天神(わけあまつかみ)なり

その次に、まだ大地はできたばかりで浮くあぶらのように、またくらげのように漂っていたとき、あしの芽が芽吹いて来るように、物に命を吹き込む神が現れました。

名は宇摩志阿斯訶備比古遅うましあしかびひこちの神といいます。

次に天上界が常にあるようにと現れたのが天之常立あまのとこたちの神でした。

これら二柱ふたはしらの神もそろって性別のないひとり神で、そのまま姿を隠しました。

これまでの五柱いつはしら神は、あまつ神(天上界でも特別な神)といいます。

次成神名國之常立神 【訓常立亦如上】 次豐雲上野神此二柱神亦獨神成坐而隱身也

次に神成り名は国之常立(くにのとこたち)の神 【常立の(よ)(また)(かみ)(ごと)し】 次に豊雲野(とよくもの)の神(こ)二柱(ふたはしら)の神(また)(ひと)り神成り(ま)(すなは)ち身を隠す(なり)

次に神が現れ、名は国が永遠を司るという意味を持つ国之常立くにのとこたちの神といいます。

次に大自然に命を吹き込む豊雲野とよくものの神が現れました。

この二柱ふたはしらの神もまた性別のないひとり神で、そのまま姿を隠されました。

次成神名宇比地邇上神次妹須比智邇去神 【此二神名以音】 次角杙神次妹活杙神 【二柱】 次意富斗能地神次妹大斗乃辨神 【此二神名亦以音】 次於母陀流神次妹阿夜上訶志古泥神 【此二神名皆以音】 次伊邪那岐神次妹伊邪那美神 【此二神名亦以音如上】 上件自國之常立神以下伊邪那美神以前幷稱神世七代 【上二柱獨神各云一代次雙十神各合二神云一代也】

次に神成り名は宇比地迩(うひちに)の神次に(いも)須比智迩(すひちに)の神 【(こ)二神(ふたかみ)の名(こえ)(もち)てす】 次に角杙(つぬくひ)の神次に(いも)活杙(いくくひ)の神 【二柱(ふたはしら)】 次に意富斗能地(おほとのち)の神次に(いも)大斗乃弁(おほとのべ)の神 【(こ)二神(ふたかみ)の名(こえ)(もち)てす】 次に於母陀流(おもだる)の神次に(いも)阿夜訶志古泥(あやかしこね)の神 【(こ)二神(ふたかみ)の名(こえ)(もち)てす】 次に伊邪那岐(いざなぎ)の神次に(いも)伊邪那美(いざなみ)の神 【(こ)二神(ふたかみ)の名(かみ)(ごと)(こえ)(もち)てす】 (かみ)(くだり)国之常立(くにのとこたち)の神(よ)伊邪那美(いざなみ)の神の以下(しもつかた)以前(さきつかた)より(あわせ)神世(かみのよ)七代(ななよ)(なづ)く 【(かみ)二柱(ふたはしら)独り神は(おのおの)一代(ひとよ)(い)ひ次の(ふたあはす)(とを)の神は(おのおの)二神(ふたかみ)を合わせて一代(ひとよ)(い)(なり)

次に神が現れ、名は宇比地迩ういちにの神、その妻須比智迩すいちにの神といいます。

次に角杙つぬくいの神、その妻活杙いくくいの神。

次に意富斗能地おおとのちの神、その妻大斗乃弁おおとのべの神。

次に於母陀流おもだるの神、その妻阿夜訶志古泥あやかしこねの神。

次に伊邪那岐いざなぎの神、その妻伊邪那美いざなみの神が現れました。

これまでの事柄の中で、国之常立くにのとこたちの神から伊邪那美いざなみの神までを、合わせて神世かみのよ七代ななよといいます。

はじめの二柱ふたはしらの性別のない独り神はそれぞれ一代と数え、次の二柱ふたはしらずつの計十柱とはしらの男女一対の神は、それぞれ二神を合わせて一代と数えます。

伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみ

於是天神諸命以詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神修理固成是多陀用幣流之國賜天沼矛而言依賜也

是於(こにおいて)(あま)つ神の(もろもろ)(みこと)(もち)(のたま)はく伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)伊邪那美(いざなみ)(みこと)二柱(ふたはしら)の神(こ)(た)(だ)(よ)(へ)(る)(の)(すぢ)(なほ)し固め成せと(のたま)天沼矛(あめのぬぼこ)(たまわ)(しかるに)言依(ことよ)(たま)(なり)

こうした事があって最初に現れた三柱みはしらあまつ神が集まり、伊邪那岐いざなぎみこと伊邪那美いざなみみこと二柱ふたはしらの神に、このただよえる国の姿を整え土地を固めるよう命じ、天沼矛あめのぬぼこたまわりました。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

故二柱神立 【訓立云多多志】 天浮橋而指下其沼矛以畫者鹽許々袁々呂々邇 【此七字以音】 畫鳴 【訓鳴云那志】 而引上時自其矛末垂落之鹽累積成嶋是淤能碁呂嶋 【自淤以下四字以音】

(かれ)二柱(ふたはしら)の神(あま)つ浮橋に立たし 【立を(よ)(た)(た)(し)(い)ふ】 (しかるに)(そ)沼戈(ぬぼこ)を指し下ろし(もち)て画けば塩許々袁々呂々(こをろこをろ)(に) 【(こ)七字(ななもじ)(こえ)(もち)てす】 書き(な)し 【鳴を(よ)(な)(し)(い)ふ】 (しかるに)引き上ぐる時(そ)(ほこ)(すえ)(よ)(しず)り落ちし(の)(しほ)累積(つも)り嶋に成りぬる(こ)(お)(の)(ご)(ろ)嶋なり 【(お)(よ)以下(しもつかた)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】

そこでこの二柱ふたはしらの神は、天と地を結ぶ浮橋に立ちました。

そしてあまつ神から授けられた沼矛ぬほこを刺し下ろして、その先を動かして許々袁々呂々こおろこおろと鳴るように描きました。

しこうして引き上げたところ、その先から垂れ落ちた塩が積み重なり、それが淤能碁呂おのごろ島となりました。

於其嶋天降坐而見立天之御柱見立八尋殿於是問其妹伊邪那美命曰汝身者如何成答曰吾身者成成不成合處一處在爾伊邪那岐命詔我身者成成而成餘處一處在故以此吾身成餘處刺塞汝身不成合處而以爲生成國土生奈何 【訓生云宇牟下效此】 伊邪那美命答曰然善爾

(そ)の嶋に(おいて)(あま)(くだ)(ま)(しかるに)(あめ)(の)御柱(みはしら)を見立て八尋殿(やひろどの)を見立てき於是(こにおいて)(そ)(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)(と)(いは)(な)(み)(は)如何(いか)に成る(と)(こた)はく(あ)(み)(は)成り成りて成り合は(ざ)(ところ)(ひと)(ところ)(あ)(ここに)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)(のたま)はく(わが)(み)(は)成り成りて(しかるに)成り余る(ところ)(ひと)(ところ)(あ)(かれ)(こ)(あ)(み)成り余る(ところ)(もち)(な)が身の成り合は(ざ)(ところ)を刺し(ふさ)(しかるに)国土(くに)生成(つく)(う)奈何(いか)以為(おも)ふ 【生を(よ)(う)(む)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】 伊邪那美命(いざなみのみこと)答へ(いは)(しか)(よ)(かな)

その島に天下り、天之御柱あめのみはしらを見つけ気に入られ、また八尋殿やひろどのを見つけ気に入られました。

そこで、伊邪那岐いざなぎみことが聞きました。

「おまえの体は、どのようなつくりになっているか。」

伊邪那美いざなみみことは答えました。

「わたしの身体はしかるべき形にできているのですが、閉じていないところがただ一か所だけあります。」

伊邪那岐いざなぎみことは言いました。

「そうか、わたしの身体はしかるべき形にできているのだが飛び出ているところが一か所ある。よってわたしの飛び出ている部分をお前の閉じていない部分に差しふさいで、大地を作って産んだらどうだろうと思う。」

伊邪那美いざなみみことは答えました。

「そうですね、良いことだと思います。」

伊邪那岐命詔然者吾與汝行廻逢是天之御柱而爲美斗能麻具波比 【此七字以音】 如此之期乃詔汝者自右廻逢我者自左廻逢約竟廻時伊邪那美命先言阿那邇夜志愛/上/袁登古袁 【此十字以音下效】 此後伊邪那岐命言阿那邇夜志愛/上/袁登賣袁

伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)(のたま)はく然者(しくあらば)(あれ)(と)(なれ)(こ)(あま)(の)御柱(みはしら)を行き(めぐ)り逢ひて(しかるに)(み)(と)(の)(ま)(ぐ)(は)(ひ)(せ)む 【(こ)七字(ななもじ)(こえ)(もち)てす】 此之(この)(こころざし)(ごと)(すなは)(のたま)はく(なれ)(は)(よ)り廻りて逢ひ(あれ)(は)(よ)り廻りて逢はむとのたまひ(むす)(お)へ廻りし時伊邪那美(いざなみ)(みこと)先に言はく(あ)(や)(に)(よ)(し)(え)/上声/(を)(と)(こ)(を) 【(こ)十字(ともじ)(こえ)(も)ちてす(しも)(なら)ふ】 (こ)(のち)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)言はく(あ)(や)(に)(よ)(し)(え)/上声/(を)(と)(め)(を)

伊邪那岐いざなぎみことが言いました。

「それでは、わたしとお前でこの天之御柱あまのみはしらを回って逢い、寝所での交わりをしよう。」

そして「おまえは右から回って逢い、わたしは左から回って逢おう。」と言い約束しました。

回り終え、伊邪那美いざなみみことが先に言いました。

「まあ、本当にすてきな男性です。」

その後に、伊邪那岐いざなぎみことが言いました。

「ああ、本当に美しい女性だ。」

各言竟之後告其妹曰女人先言不良雖然久美度邇 【此四字以音】 興而生子水蛭子此子者入葦船而流去次生淡嶋是亦不入子之例

(おのもおのも)(ひ)(を)へし(の)(のち)(の)(いも)(の)たまはく(いわく)(をみな)(びと)の先に言ふは良不(よからざ)れど(これ)(しか)くすべしとのたまひ(く)(み)(ど)(に) 【(こ)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】 (おこ)して(しかるに)(う)みし子は水蛭子(ひるこ)にて(こ)の子(は)(あし)船に入れて(しかるに)流し去りき次に淡嶋(あはしま)(う)みき(こ)(また)(の)(たぐひ)不入(いれず)

それぞれに言った後、その妹に「女人おみなびとが先に言うのはよくないが、それでもかまわないだろう。」と告げて、寝所での交わりをして子を産みました。

しかし、その子は水蛭子ひるこ(障害がある子)であったので、あし船に乗せて流し去りました。

次に淡島あわしまを生みましたが、この子も不完全だったので子のうちに含めません。

於是二柱神議云今吾所生之子不良猶宜白天神之御所卽共參上請天神之命爾天神之命以布斗麻邇爾/上/ 【此五字以音】 ト相而詔之因女先言而不良亦還降改言

於是(ここにおいて)二柱(ふたはしら)の神(はか)りて云はく今吾らが生みし所(の)不良(よからず)(なほ)(よろし)(あま)つ神(の)(み)(ところ)(まを)すべし(すなは)ち共に(まい)(のぼ)(あま)つ神(の)(おほせこと)(こ)はむといひき(しかるがゆえに)(あま)つ神(の)(おほせこと)(ふ)(と)(ま)(に)(に)/上声/ 【(こ)五字(いつもじ)(こえ)(もち)てす】 卜相(うらな)ふを(も)ちて(しかるに)(こ)れを(のたまはく)(をみな)の先に言ふに(よ)りて(しかるに)不良(よからず)(また)(かへ)(くだ)(こと)を改むべし

ここに、二柱ふたはしらの神は相談して言いました。

「今わたしたちが産んだ子は良く有りませんでした。良くなるようにあまつ神の所へ行って申しましょう。」

「そうですね。一緒に天上界に行ってあまつ神がなんと言われるか聞いてまいりましょう。」

そしてあまつ神が、太占ふとまににより割れ目から占いその告げたところによれば、「女が先に言ったことが原因で、良くない事になった。もう一度帰って言う順番を改めよ。」でした。

故爾反降更往廻其天之御柱如先於是伊邪那岐命先言阿那邇夜志愛袁登賣袁後妹伊邪那美命言阿那邇夜志愛袁登古袁如此言竟而御合生子淡道之穗之狹別嶋 【訓別云和氣下效此】

(しか)るが(ゆえ)(かへ)(くだ)(さら)(そ)(あめ)(の)御柱(みはしら)(い)(めぐ)ること先の如し(ここ)(に)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)先に(あ)(や)(に)(よ)(し)(え)(を)(と)(め)(を)と言ひ(のち)(いも)伊邪那美(いざなみ)(みこと)(あ)(や)(に)(よ)(し)(え)(を)(と)(こ)(を)と言ひき(こ)(こと)の如く(お)えて(しかるに)御合(みあ)ひ生みし子は淡道之穗之狹別嶋(あはぢのほのせわけ)の島 【別を(よ)(わ)(け)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】

そうして戻り降って、先と同様にあめ御柱みはしらを回られ、今度は伊邪那岐いざなぎみことが先に「ああ、本当に美しい女性だ。」と言い、後に妹の伊邪那美いざなみみことが「まあ、本当にすてきな男性です。」と言いました。

こうして言われたとおりに終えて、そうしたところ子の淡道之穗之狹別あわじのほのせわけの島を生んだのでした。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

次生伊豫之二名嶋此嶋者身一而有面四毎面有名故伊豫國謂愛/上/比賣 【此三字以音下效此也】 讚岐國謂飯依比古粟國謂大宜都比賣 【此四字以音】 土左國謂建依別

次に伊予(いよ)(の)二名(ふたな)の島を生みき(こ)の島(は)(み)一つにて(しかるに)(かほ)四つ有り(かほ)(ごと)に名有り(かれ)伊予(いよ)の国は(え)/上声/比賣(ひめ)(い)ひ 【(こ)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)(なり)】 讃岐(さぬき)の国は飯依比古(いひよりひこ)(い)(あは)の国は大宜都比売(おほげつひめ) 【(こ)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】 と(い)土左(とさ)の国は建依別(たけよりわけ)(い)

次に伊予之二名いよのふたなの島(四国)を産みました。この島は、からだ一つに4つの顔があり、顔ごとに名前がありました。

その内訳は伊予いよの国(愛媛県)は愛比賣えひめといい、讃岐さぬきの国(香川県)は飯依比古いひよりひこといい、阿波あわの国(徳島県)は大宜都比売おおげつひめといい、土佐の国(高知県)は建依別たけよりわけといいます。

次生隱伎之三子嶋亦名天之忍許呂別 【許呂二字以音】 次生筑紫嶋此嶋亦身一而有面四毎面有名故筑紫國謂白日別豐國謂豐日別肥國謂建日向日豐久士比泥別 【自久至泥以音】 熊曾國謂建日別 【曾字以音】 次生伊伎嶋亦名謂天比登都柱 【自比至都以音訓天如天】 次生津嶋亦名謂天之狹手依比賣次生佐度嶋次生大倭豐秋津嶋亦名謂天御虛空豐秋津根別故因此八嶋先所生謂大八嶋國

次に隠岐(おき)(の)三子(みつこ)の島を生みき(また)の名は天之忍許呂別(あまのおしころわけ) 【(こ)(ろ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 次に筑紫(つくし)の島を生みき(こ)の島は(また)(み)一つにして(しかるに)(かほ)四つ有り(かほ)(ごと)に名有り(かれ)筑紫(つくし)の国は白日別(しらひわけ)(い)(とよ)の国は豊日別(とよひわけ)(い)(ひ)の国は建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくしひねわけ) 【久(よ)り泥(ま)(こえ)(もち)てす】 と(い)熊曽(くまそ)の国は建日別(たけひわけ)(い)ふ 【曽の(もじ)(こえ)(もち)てす】 次に伊伎(いき)の島を生みき(また)の名は天比登都柱(あまひとつはしら)(い)ふ 【比(よ)り都(ま)(こえ)(もち)てす天を(よ)(あま)(ごと)し】 次に津島(つのしま)を生みき(また)の名は天之狭手依比売(あまのさてよりひめ)(い)ふ次に佐度(さど)の島を生みき次に大倭豊秋津(おほやまととよあきつ)島を生みき(また)の名を天御虚空豊秋津根別(あまみそらとよあきつねわけ)(い)(かれ)(こ)の八島先に生まれし所に(よ)大八島(おほやしま)の国と(い)

次に隠岐之三子おきのみつこの島(隠岐おきの島)を産みました。またの名を、天之忍許呂別あまのおしころわけといいます。

次に筑紫つくしの島(九州)を産みました。この島も、からだ一つに4つの顔があり、顔ごとに名前がありました。

その内訳は筑紫つくしの国(福岡県東部以外)は白日別しらひわけといい、とよの国(福岡県東部・大分県)は豊日別とよひわけといい、の国(熊本県・佐賀県・長崎県)は建日向日豊久士比泥別たけひむかひとよくしひねわけといい、熊襲くまその国(宮崎県・鹿児島県)は建日別たけひわけといいます。

次に壱岐いきの島を産みました。またの名を、天比登都柱あまひとつはしらといいます。

次に対馬つしまを産みました。またの名を、天之狭手依比売あまのさてよりひめといいます。

次に佐渡の島を産みました。

次に大倭豊秋津おおやまととよあきつ島(本州)を産みました。またの名を天御虚空豊秋津根別あまみそらとよあきつねわけといいます。

そして、これまでの八つの島は先に生まれたことによって、大八洲おおやしまの国といいます。

然後還坐之時生吉備兒嶋亦名謂建日方別次生小豆嶋亦名謂大野手/上/比賣次生大嶋亦名謂大多麻/上/流別 【自多至流以音】 次生女嶋亦名謂天一根 【訓天如天】 次生知訶嶋亦名謂天之忍男次生兩兒嶋亦名謂天兩屋 【自吉備兒嶋至天兩屋嶋幷六嶋】

(しか)(のち)(かへ)(ま)しし(の)吉備(きび)児島(こじま)(う)(また)の名を建日方別(たけひかたわけ)(い)ふ次に小豆(あづき)島を(う)(また)の名を大野手(おほのて)/上声/比賣(ひめ)(い)ふ次に(おほ)島を(う)(また)の名を大多麻(おほたま)/上声/流別(るわけ) 【多(よ)り流(ま)(こえ)(もち)てす】 と(い)ふ次に(め)の島を(う)(また)の名を天一根(あまのひとつね) 【天を(よ)(あま)(ごと)し】 と(い)ふ次に知訶(ちか)の島を(う)(また)の名を天之忍男(あめのおしを)(い)ふ次に両児(ふたご)の島を(う)(また)の名を天両屋(あまのふたや)(い)ふ 【吉備(きび)児島(こじま)(よ)天両屋島(あまのふたやしま)(ま)(あは)せて六つ島】

しばらくしてもどった時、吉備きび児島こじま(岡山県の島嶼とうしょ《大小の島々》=現在は干拓により半島)を産みました。またの名を建日方別たけひかたわけといいます。

次に小豆あづき島(小豆しょうど島)を産みました。またの名を 大野手比賣おおのてひめといいます。

次に大島(屋代島やしろじま)を産みました。またの名を大多麻流別おおたまるわけといいます。

次に島(姫島)を産みました。またの名を天一根あまのひとつねといいます。

次に知訶ちかの島(五島列島)を産みました。またの名を天之忍男あめのおしおといいます。

次に両児ふたごの島(男女群島)を産みました。 またの名を天両屋あまのふたやといいます。
吉備きび児島こじまから天両屋島あまのふたやしままでを合わせて六つの島を産みました。

既生國竟更生神故生神名大事忍男神次生石土毘古神 【訓石云伊波亦毘古二字以音下效此也】 次生石巢比賣神次生大戸日別神次生天之吹上男神次生大屋毘古神次生風木津別之忍男神 【訓風云加邪訓木以音】 次生海神名大綿津見神次生水戸神名速秋津日子神次妹速秋津比賣神 【自大事忍男神至秋津比賣神幷十神】

(すで)に国を(う)みしを(お)へ更に神を(う)みき(かれ)生みし神の名は大事忍男(おほごとおしを)の神次に石土毘古(いはつちびこ)の神 【石を(よ)(い)(は)(い)(また)(び)(こ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(これ)(なら)(なり)】 を(う)みき次に石巣比賣(いはすひめ)の神を(う)みき次に大戸日別(おほとひわけ)の神を(う)みき次に天之吹上男(あめのふきあけを)の神を(う)みき次に大屋毘古(おほやびこ)の神を(う)みき次に風木津別之忍男(かざもつわけのおしを)の神 【風を(よ)(か)(ざ)(い)ふ木を(よ)(こえ)(もち)てす】 を(う)みき次に(うみ)の神を(う)みき名を大綿津見(おほわたつみ)の神次に水戸(みなと)の神を(う)みき名は速秋津日子(はやあきつひこ)の神次に(いも)速秋津比賣(はやあきつひめ)の神 【大事忍男(おほごとおしを)の神(よ)秋津比賣(あきつひめ)の神(ま)(あは)せて十柱(とはしら)の神】

このようにして国を生み終わり、さらに神を産みました。

そこで神、名を大事忍男おおごとおしおの神を産みました。次に石土毘古いわつちびこの神を産みました。次に石巣比賣いわすひめの神を産みました。次に大戸日別おおとひわけの神を産みました。次に天之吹上男あめのふきあけおの神を産みました。次に大屋毘古おおやびこの神を産みました。次に風木津別之忍男かぜもくわけのおしおの神を産みました。次に海の神を産み、名を大綿津見わたつみの神といいます。次に水戸みなとの神を産み、名を速秋津日子はやあきつひこの神。次に妹、速秋津比賣はやあきつひめの神です。

大事忍男おおごとおしおの神から秋津比賣あきつひめの神まで、合わせて十柱とはしらの神です。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

此速秋津日子速秋津比賣二神因河海持別而生神名沫那藝神 【那藝二字以音下效此】 次沫那美神 【那美二字以音下效此】 次頰那藝神次頰那美神次天之水分神 【訓分云久麻理下效此】 次國之水分神次天之久比奢母智神 【自久以下五字以音下效此】 次國之久比奢母智神 【自沫那藝神至國之久比奢母智神幷八神】

(こ)速秋津日子(はやあきつひこ)速秋津比賣(はやあきつひめ)二柱(ふたはしら)の神(かは)(うみ)(よ)(も)(わ)けて(しかるに)神名は沫那芸(あはなぎ)の神 【那芸二字(ふたもじ)(こえ)(も)ちてす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に沫那美(あはなみ)の神 【那美二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に頰那芸(つらなぎ)の神次に頰那美(つらなみ)の神次に天之水分(あめのみくまり)の神 【分を(よ)(く)(ま)(り)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】 次に国之水分(くにのみくまり)の神次に天之久比奢母智(あめのくひざもち)の神 【久(よ)以下(しもつかた)五字(いつもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に国之久比奢母智(くにのくひざもち)の神を(う)みき 【沫那芸(あはなぎ)の神(よ)国之久比奢母智(くにのくひざもち)の神(ま)(あは)せて八柱(やはしら)の神】

この速秋津日子はやあきつひこ速秋津比賣はやあきつひめの二神は、川と海という場所で分けた神で、一柱ひとはしらにしてその名を沫那芸あわなぎの神といいます。

次に沫那美あわなみの神。次に頰那芸つらなぎの神。次に頰那美つらなみの神。次に天之水分あめのみくまりの神。次に国之水分くにのみくまりの神。次に天之久比奢母智あめのくひざもちの神。次に国之久比奢母智くにのくひざもちの神を産みました。

沫那芸あわなぎの神から国之久比奢母智くにのくひざもちの神まで、合わせて八柱やはしらの神です。

次生風神名志那都比古神 【此神名以音】 次生木神名久久能智神 【此神名以音】 次生山神名大山/上/津見神次生野神名鹿屋野比賣神亦名謂野椎神 【自志那都比古神至野椎幷四神】 此大山津見神野椎神二神因山野持別而生神名天之狹土神 【訓土云豆知下效此】 次國之狹土神次天之狹霧神次國之狹霧神次天之闇戸神次國之闇戸神次大戸惑子神 【訓惑云麻刀比下效此】 次大戸惑女神 【自天之狹土神至大戸惑女神幷八神也】

次に風の神を生み名を志那都比古(しなつひこ)の神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 次に木の神を生み名は久久能智(くくのち)の神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 次に山の神を生み名は大山(おほやま)/上声/津見(つみ)の神次に野の神を生み名は鹿屋野比賣(かやのひめ)の神(また)の名を野椎(のづち)の神 【志那都比古(しなつひこ)の神(よ)野椎(のづち)(ま)(あは)せて四柱(よはしら)の神】 (こ)大山津見(おほやまつみ)の神野椎(のづち)の神の二柱(ふたはしら)の神(やま)(の)(よ)り持ち(わ)けて(しかるに)(う)みし神の名は天之狹土(あめのさつち)の神 【土を(よ)(つ)(ち)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】 次に国之狹土(くにのさつち)の神次に天之狹霧(あめのさぎり)の神次に国之狹霧(くにのさぎり)の神次に天之闇戸(あめのくらど)の神次に国之闇戸(くにのくらど)の神次に大戸惑子(おほとまとひこ)の神 【惑を(よ)(ま)(と)(ひ)(い)(しも)(こ)れに(なら)ふ】 次に大戸惑女(おほとまとひめ)の神 【天之狹土(あめのさつち)の神(よ)大戸惑女(おほとまとひめ)の神(ま)(あは)せて八柱(やはしら)の神(なり)

次に風の神を産み、名は志那都比古しなつひこの神。次に木の神を産み、名は久久能智くくのちの神。次に山の神を産み、名は大山津見おほやまつみの神。次に野の神を産み、名は鹿屋野比賣かやのひめの神、またの名を野椎のづちの神。この大山津見おおやまつみの神、野椎のづちの神の二神は、山と野のところに持に分けて神、その名は天之狹土あめのさつちの神です。

次に国之狹土くにのさつちの神。次に天之狹霧あめのさぎりの神。次に国之狹霧くにのさぎりの神。次に天之闇戸あめのくらどの神。次に国之闇戸くにのくらどの神。次に大戸惑子おおとまといこの神。次に大戸惑女おおとまといめの神。

次生神名鳥之石楠船神亦名謂天鳥船次生大宜都比賣神 【此神名以音】 次生火之夜藝速男神 【夜藝二字以音】 亦名謂火之炫毘古神亦名謂火之迦具土神 【迦具二字以音】 因生此子美蕃登 【此三字以音】 見炙而病臥在多具理邇 【此四字以音】 生神名金山毘古神 【訓金云迦那下效此】 次金山毘賣神

次に(う)みし神の名は鳥之石楠船(とりのいはくすふね)の神(また)の名は天鳥船(あまのとりふね)(い)ふ次に大宜都比賣(おほげつひめ)の神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 を(う)みき次に火之夜芸速男(ひのやげはやを)の神 【(や)(ぎ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 を(う)(また)の名を火之炫毘古(ひのかがびこ)の神と(い)(また)の名を火之迦具土(ひのかぐつち)の神 【(か)(ぐ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 と(い)(こ)の子を(う)みしに(よ)りて(み)(ほ)(と) 【(こ)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】 見(やかれ)(しかるに)(や)(ふ)したり(あり)(た)(ぐ)(り)(に) 【(こ)四字(よもじ)(こえ)(も)ちてす】 (う)みし神の名は金山毘古(かなやまびこ)の神 【金を(よ)(か)(な)(い)(しも)(こ)(なら)ふ】 次に金山毘賣(かなやまびめ)の神

次に神を産み、名を鳥之石楠船とりのいわくすふねの神、またの名を天鳥船あまのとりふねといいます。

次に大宜都比賣おおげつひめの神を産みました。

次に火之夜芸速男ひのやげはやおの神を産みました。またの名を火之炫毘古ひのかがびこの神といいまたの名を火之迦具土ひのかぐつちの神といいます。

この子を産んだことにより、御陰部みほとく目に逢われ病にしました。

そして吐きもどして神を産みました。名は金山毘古かなやまびこの神、そして金山毘賣かなやまびめの神といいます。

次於屎成神名波邇夜須毘古神 【此神名以音】 次波邇夜須毘賣神 【此神名亦以音】 次於尿成神名彌都波能賣神次和久產巢日神此神之子謂豐宇氣毘賣神 【自宇以下四字以音】 故伊邪那美神者因生火神遂神避坐也 【自天鳥船至豐宇氣毘賣神幷八神】 凡伊邪那岐伊邪那美二神共所生嶋壹拾肆嶋神參拾伍神 【是伊邪那美神未神避以前所生唯意能碁呂嶋者非所生亦姪子與淡嶋不入子之例也】

次に(くそ)(おいて)成りし神の名は波邇夜須毘古(はにやすびこ)の神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 次に波邇夜須毘賣(はにやすびめ)の神 【(こ)の神の名(また)(こえ)(も)ちてす】 次に尿(ゆまり)(おいて)成りし神の名は弥都波能売(みつはのめ)の神次に和久産巣日(わくむすび)の神(こ)の神(の)豊宇気毘賣(とようけびめ)の神 【宇(よ)以下(しもつかた)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】 と(い)(かれ)伊邪那美(いざなみ)の神(は)火の神を生むに(よ)りて遂に神避(かむさ)(ま)しき(なり) 【天鳥船(あまのとりふね)(よ)豊宇気毘賣(とようけびめ)の神(ま)(あは)せて八柱(やはしら)の神】 (およ)伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)二神(ふたかみ)共に(う)みし(ところ)島は壹拾肆島(とをつしまあまりよつしま)神は参拾伍神(みそはしらあまりいつはしらのかみ) 【(こ)伊邪那美(いざなみ)の神(いま)神避(かむさ)りざるを(も)ちて前に生みし所なるも(ただ)意能碁呂(おのころ)(は)生みし所に(あら)(また)姪子(ひるこ)(と)(あは)島とは子(の)(たぐひ)不入(いらざ)(なり)

次に便に神が現れ、名を波邇夜須毘古はにやすびこの神、次に波邇夜須毘賣はにやすびめの神といいます。

次に尿に神が現れ、名を弥都波能売みつはのめの神 そして和久産巣日わくむすびの神といい、この神の子は、豊受毘賣とようけびめの神といいます。

このように伊邪那美いざなみの神は、火の神を生んだことにより、遂にお亡くなりになってしまいました。

天鳥船あまのとりふねから豊宇気毘賣とようけびめの神まで、合わせて八神とします。

ここまで、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみの二神が産みなさったのは、島は十四島神は三十五神です。

これらは、伊邪那美いざなみの神がまだお亡くなりになる以前に生みなさりましたが、ただ意能碁呂おのころ島は生んだものではなく、また姪子ひるこあわ島は子の数にいれません。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

故爾伊邪那岐命詔之愛我那邇妹命乎 【那邇二字以音下效此】 謂易子之一木乎乃匍匐御枕方匍匐御足方而哭時於御淚所成神坐香山之畝尾木本名泣澤女神故其所神避之伊邪那美神者葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也

故爾(しかるゆえに)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)(の)らさく(こ)(うつく)(あ)那邇妹(なにも)(いのち)(かな) 【(な)(に)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 子(の)(ひとつ)(き)(か)ふと(い)(かな)(すなは)(み)(まくら)(かた)匍匐(は)(み)(あし)(かた)匍匐(は)ひて(すなはち)(な)きたる時(み)(なみだ)(ところ)おいて神成り香山(かぐやま)(の)畝尾(うねび)の木の(もと)(ま)し名は泣沢女(なきさわめ)の神(かれ)(そ)の神(かむさ)りし所之(ところの)伊邪那美(いざなみ)の神(は)出雲国(いずものくに)(と)伯伎国(ほうきのくに)とを(さか)比婆之(ひばの)山に(はぶ)(なり)

こうした事があって、伊邪那岐いざなぎみことが言いました。
「このように愛しいわが妹の命が、ただの一人の子と引き替えにできるものか。」
そうして、枕元に向かって這いつくばり足に向かって這いつくばり大声で泣きなされたとき、御涙のところに神が現れて香山かぐやま畝傍うねびの木の下におわし、名を泣沢女なきさわめの神といいます。

かくして、お亡くなりになった伊邪那美いざなみの神は、出雲国いずものくに伯伎国ほうきのくにの国境の比婆ひばの山にほうむられました。

於是伊邪那岐命拔所御佩之十拳劒斬其子迦具土神之頸爾著其御刀前之血走就湯津石村所成神名石拆神次根拆神次石筒之男神 【三神】 次著御刀本血亦走就湯津石村所成神名甕速日神次樋速日神次建御雷之男神亦名建布都神 【布都二字以音下效此】 亦名豐布都神 【三神】

於是(ここにおいて)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)(ところ)御佩之(みはかしの)十拳(とつか)(つるぎ)を抜きて(そ)の子迦具土(かぐつち)の神(の)(くび)(き)りたまひき(ここに)(そ)御刀(みたち)(さき)(の)血を(あらは)して湯津石村(ゆついはむら)走就(たばし)りて(ところ)成れる神の名は石拆(いはさく)の神次に根拆(ねさく)の神次に石筒之男(いはつつのを)の神といふ 【三柱(みはしら)の神】 次に御刀(みたち)(もと)の血を(あらは)して(また)湯津石村(ゆついわむら)走就(たばし)りて(ところ)成れる神の名は甕速日(みかはやひ)の神次に樋速日(ひはやひ)の神次に建御雷之男(たけみかつのを)の神(また)の名を建布都(たけふつ)の神 【布都(ふつ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 (また)の名を豊布都(とよふつ)の神といふ 【三柱(みはしら)の神】 

そこで、伊邪那岐の命は腰から十拳剣とつかのつるぎを抜き、その子迦具土かぐつちの神のくびを斬りました。

すると、刀の前方から飛び散った血は湯津石村ゆついわむらに走りき神が成り、名を石拆いわさくの神といい、次に根拆ねさくの神といい、次に石筒之男いわつつのおの神といいます。

次に、刀の根本から飛び散った血はこれも湯津石村ゆついわむらに走りき神が成り、名を甕速日みかはやひの神といい、次に樋速日ひはやひの神といい、次に建御雷之男たけみかつのおの神、この神は別名を建布都たけふつの神、あるいは豊布都とよふつの神といいます。

次集御刀之手上血自手俣漏出所成神名 【訓漏云久伎】 闇淤加美神 【淤以下三字以音下效此】 次闇御津羽神 【上件自石拆神以下闇御津羽神以前幷八神者因御刀所生之神者也】

次に御刀(みたち)(の)手上(たがみ)に集まりて血手俣(たなまた)(よ)(くき)(いで))て(ところ)成れる神の名は 【漏を(よ)みて(く)(き)と云ふ】 闇淤加美(くらおかみ)の神 【淤の以下(しもつかた)三字(みもじ)(こえ)(もち)いる(しも)(これ)(なら)ふ】 次に闇御津羽(くらみつは)の神といふ 【(かみ)(くだり)石拆(いはさく)の神(よ)以下(しもつかた)闇御津羽(くらみつは)の神の以前(さきつかた)(あは)せて八柱(やはしら)の神(は)御刀(みたち)(よ)りて神(な)れし所の者(なり)

次に、刀のつばの上に集まり血が指の間より漏れ出して神が成り、名を闇淤加美くらおかみの神、次に闇御津羽くらみつはの神といいます。

これまでの石拆いわさくの神より以下闇御津羽くらみつはの神以前の合わせて八柱やはしらの神は、刀により神が産まれたものでした。

所殺迦具土神之 於頭所成神名正鹿山/上/津見神次於胸所成神名淤縢山津見神 【淤縢二字以音】 次於腹所成神名奧山/上/津見神次於陰所成神名闇山津見神次於左手所成神名志藝山津見神 【志藝二字以音】 次於右手所成神名羽山津見神次於左足所成神名原山津見神次於右足所成神名戸山津見神 【自正鹿山津見神至戸山津見神幷八神】 故所斬之刀名謂天之尾羽張亦名謂伊都之尾羽張 【伊都二字以音】

所殺(ころさえし)迦具土(かぐつち)の神(の)(かしら)(おいて)(ところ)成れる神の名は正鹿山/上声/津見(まさかやまつみ)の神次に胸に(おいて)(ところ)成れる神の名は淤縢山津見(おどやまつみ)の神 【淤縢の二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 次に腹に(おいて)(ところ)成れる神の名は奧山/上声/津見(おくやまつみ)の神次に(ほと)(おいて)(ところ)成れる神の名は闇山津見(くらやまつみ)の神次に左手に(おいて)(ところ)成れる神の名は志芸山津見(しぎやまつみ)の神 【志芸(しぎ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 次に右手に(おいて)(ところ)成れる神の名は羽山津見(はやまつみ)の神次に左足に(おいて)(ところ)成れる神の名は原山津見(はらやまつみ)の神次に右足に(おいて)(ところ)成れる神の名は戸山津見(とやまつみ)の神といふ 【正鹿山津見(まさかやまつみ)の神(よ)戸山津見(とやまつみ)の神に(いた)りて(あは)せて八柱(やはしら)の神なり】 (かれ)(ところ)斬らえし(の)刀の名は天之尾羽張(あまのおはばり)(い)ひて(また)の名は伊都之尾羽張(いつのおはばり)(い)ふ 【伊都(いつ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】

迦具土かぐつちの神を殺したことにより、頭に神が成り名を正鹿山津見まさかやまつみの神、次に胸に神が成り名を淤縢山津見おどやまつみの神、次に腹に神が成り名を奧山津見おくやまつみの神、次に陰部に神が成り名を闇山津見くらやまつみの神、次に左手に神が成り名を志芸山津見しぎやまつみの神、次に右手に神が成り名を羽山津見はやまつみの神、次に左足に神が成り名を原山津見はらやまつみの神、次に右足に神が成り名を戸山津見とやまつみの神といいます。
正鹿山津見まさかやまつみの神より戸山津見とやまつみの神に至るまで、合わせて八柱やはしらの神です。

この時斬った刀の名を、天之尾羽張あまのおはばりまたの名を伊都之尾羽張いつのおはばりといいます。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

於是欲相見其妹伊邪那美命追往黃泉國爾自殿騰戸出向之時伊邪那岐命語詔之愛我那邇妹命吾與汝所作之國未作竟故可還爾伊邪那美命答白悔哉不速來吾者爲黃泉戸喫然愛我那勢命 【那勢二字以音下效此】 入來坐之事恐故欲還且與黃泉神相論莫視我如此白而還入其殿內之間甚久難待故刺左之御美豆良 【三字以音下效此】 湯津津間櫛之男柱一箇取闕而燭一火

於是(こにおいて)(そ)(いも)伊邪那美(いざなみ)(みこと)相見(あいみ)むと(おもほ)して追ひて黃泉(よも)つ国に(い)きたまひき(ここに)殿(との)(あげ)(と)(よ)(いで)(むか)ひし(の)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)語りて(のたま)はく(の)(うるはし)(あ)那邇妹(なにも)(みこと)(あれ)(と)(いまし)との作りし所(の)国は(いま)だ作り(お)へざりき(かれ)(かへ)(べ)(ここに)伊邪那美(いざなみ)(みこと)答へて(まお)さく(く)ゆる(や)不速来(はやくきまさず)(あれ)(は)黃泉(よも)(と)(く)らひを(し)(しかれども)(うるはし)(あ)那勢命(なせみこと) 【(な)(せ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(これ)(なら)ふ】 (い)り来(ま)しし(の)(かしこ)みまつる(かれ)(かへ)りたまひて(また)黃泉(よも)つ神(と)(あひ)(と)きたまはむと(おもほ)(あれ)(み)(なか)(こ)(まお)せし如し(すなはち)(そ)の殿の内に(かへ)り入りし(の)(ま)(はなは)だ久しかりて待ち難し(かれ)左之御美豆良(さのみみみづら) 【三字(みもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 に刺したる湯津津間(ゆつつま)(くし)(の)男柱(をばしら)一箇(ひとつ)取り(か)けて(しかるに)一つ(ほ)(と)もしたまひき

そこで、彼の妹に逢うことを望み追いかけて黄泉の国に行きました。

神殿の上げ戸から出て伊邪那岐いざなぎみことが言いました。

「愛しの妹よ、私とお前で作った国はまだ作り終えていない。だから帰ってくるべきだ。」

伊邪那美いざなみみことはそれに答えて言いました。

「残念です、もっと早く来てほしかった。私は、黄泉よみの洞内で食する暮らしを始めています。愛しの兄が来てくださったことは大変嬉しいことです。しかし一度お帰りください。私はもう一度黄泉よみの神に帰れるようにお願いしてみます。私を決して見てはいけません。」

言われた通り帰りましたが、待つ時間はとても長く待ちきれなくなりました。

そこで左の美豆良みずら(古代人の髪型のこと)に刺していた湯津津間ゆつつま櫛の男柱おばしら(櫛の両側の太い部分)の片方を取り欠き、火をつけてひとつの明かりとしました。

入見之時宇士多加禮許呂呂岐弖 【此十字以音】 於頭者大雷居於胸者火雷居於腹者黑雷居於陰者拆雷居於左手者若雷居於右手者土雷居於左足者鳴雷居於右足者伏雷居幷八雷神成居於是伊邪那岐命見畏而逃還之時其妹伊邪那美命言令見辱吾

(い)りたまひ(め)しし(の)(う)(じ)(た)(か)(れ)(こ)(ろ)(ろ)(ぎ)(て) 【(こ)十字(ともじ)(こえ)(もち)てす】 (かしら)(おいて)(は)大雷(おほいかづち)(を)りて胸に(おいて)(は)火雷(ほのいかづち)(を)りて腹に(おいて)(は)黒雷(くろいかづち)(を)りて(ほと)(おいて)(は)拆雷(さくいかづち)(を)りて左手に(おいて)(は)若雷(わかいかづち)(を)りて右手に(おいて)(は)土雷(つちいかづち)(を)りて左足に(おいて)(は)鳴雷(なるいかづち)(を)りて右足に(おいて)(は)伏雷(ふすいかづち)(を)りて(あはせ)八雷(やいかずち)の神成(を)りき於是(ここにおいて)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)(め)して(おそ)りて(しかるに)逃げ(かへ)りたまひし(の)(そ)(いも)伊邪那美(いざなみ)(みこと)言ひしく(あれ)(はづか)しけるを(み)(し)むといひき

入ってみたところ、うじがたかりゴロゴロうごめいており、頭には大雷おおいかづちがおり、胸には火雷ほのいかずちがおり、腹には黒雷くろいかずちがおり、陰部には裂雷さくいかずちがおり、左手には若雷わかいかずちがおり、右手には土雷つちいかずちがおり、左足には鳴雷なるいかずちがおり、右足には伏雷ふすいかずちがおり、合わせて八柱やはしらいかづちの神が現れていました。

そして、伊邪那岐いざなぎみことはそれを見て恐れて逃げ帰りました。

その妹伊邪那美いざなみみことは言いました。

「私の恥ずかしいところを見ましたね。」

卽遣豫母都志許賣 【此六字以音】 令追爾伊邪那岐命取黑御投棄乃生蒲子是摭食之間逃行猶追亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛引闕而投棄乃生笋是拔食之間逃行

(すなは)(よ)(も)(つ)(し)(こ)(め) 【(こ)六字(むもじ)(こえ)(もち)てす】 を(つかは)(お)(し)(ここ)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)黒御縵(くろみかづら)を取りて投げ(す)(すなは)蒲子(えびかづら)(お)(こ)れを(ひろ)(は)みし(の)(ま)に逃げ(ゆ)きき(なほ)追ひて(また)(そ)の右の御美豆良(みみづら)に刺しし(の)湯津津間櫛(ゆつつまぐし)引き(か)(しかるに)投げ(す)(すなは)(たかむな)(お)(こ)れを抜き(は)みし(の)(ま)に逃げ行きき

そして、予母都志許売よもつしこめ(黄泉醜女よもつしこめ=黄泉の国に住む霊力の強い女人)に命じて追わせました。

伊邪那岐いざなぎみことは、黒御鬘くろみかずら(つたの冠)を投げ捨てたところ蒲子えびかづら(山葡萄ぶどう)が生えました。

黄泉醜女よもつしこめが、これを拾って食べている間に伊邪那岐いざなぎみことは、逃げて行きました。

しかしなお追ってきたので、再びその右のみずら(束ねた髪)に刺していた湯津津間櫛ゆつつまぐしを引き抜き、投げ捨てたところたかむな(筍)が生えました。

そして、黄泉醜女よもつしこめがこれを抜いて食べている間に、伊邪那岐いざなぎみことは逃げて行きました。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

且後者於其八雷神副千五百之黃泉軍令追爾拔所御佩之十拳劒而於後手布伎都都 【此四字以音】 逃來猶追到黃泉比良 【此二字以音】 坂之坂本時取在其坂本桃子三箇待擊者悉逃迯也

(また)(うしろ)(は)(そ)八柱(やはしら)(いかづち)の神に(おいて)千五百(ちあまりいほつ)(の)黄泉(よもつ)(いくさ)(そ)へて(お)(し)めき(ここに)御佩(みはかし)(ところ)(の)十拳剣(とつかつるぎ)を抜きて(しかるに)後手(しりへて)(おいて)(ふ)(き)(つ)(つ) 【(こ)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】 逃げ来たり(なほ)追ひて黄泉(よもつ)(ひ)(ら) 【(こ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 坂(の)坂本に到りし時(そ)の坂本に在りし(もも)(こ)三箇(みつ)を取りたまひて待ちて撃て(ば)(ことごと)く逃げに(に)げき(なり)

さらに伊邪那美いざなみみことは、その後ろに八柱やはしらいかづちの神と1500の黄泉よもつの軍勢を添えて追わせました。

伊邪那岐いざなぎの命は腰に帯びていた十拳剣とつかつるぎを抜き、後ろ手に振り回しながら逃げました。

なお追い、黄泉比良坂よもつひらさかの登り口に到ったとき、その登り口にあった桃3個を取り待ち構えて投げつけたところ、追手はことごとく逃げ去りました。

爾伊邪那岐命告其桃子汝如助吾於葦原中國所有宇都志伎 【此四字以音】 青人草之落苦瀬而患惚時可助告賜名號意富加牟豆美命 【自意至美以音】

(ここに)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)(そ)(もも)(こ)(のたま)はく(なれ)(あれ)(たす)くる如くして葦原中国(あしはらなかつくに)(おいて)有る所の(う)(つ)(し)(き) 【(こ)四字(よはしら)(こえ)(もち)てす】 青人草(あをひとくさ)(の)(くる)し瀬に落ちて(しかるに)(わづら)ひて(いきどほ)りし時(たす)(べ)しとのたまひて名を(の)(たま)はり(お)(ほ)(か)(む)(づ)(み)(みこと)(なづ)けたまひき 【意(よ)り美(ま)(こえ)(もち)てす】

そこで伊邪那岐いざなぎみことは、桃たちに告げました。

「お前たちは私を助けたように、葦原中津国あしはらのなかつくににて、人間たちが苦境に陥り患い悩む時に助けなさい。」

そして名を告げたまわ意富加牟豆美命おおかむづみのみこと(大神実命)と名付けました。

最後其妹伊邪那美命身自追來焉爾千引石引塞其黃泉比良坂其石置中各對立而度事戸之時伊邪那美命言愛我那勢命爲如此者汝國之人草一日絞殺千頭爾伊邪那岐命詔愛我那邇妹命汝爲然者吾一日立千五百產屋

(もと)(のち)(そ)(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)(み)(みづか)ら追ひ来たり(いずくんぞ)(ここ)千引(ちびき)(いは)を引きて(そ)黄泉比良坂(よもつひらさか)(せ)きたまひき(そ)(いは)を中に置きて(おのもおのも)(むか)ひ立ちて(しかるに)事戸(ことど)(わた)せし(の)(とき)伊邪那美(いざなみ)(みこと)(まを)したまひしく(うつく)(あ)那勢命(なせのみこと)(こ)の如く(し)たまへ(ば)(な)の国(の)人草(ひとくさ)一日(ひとひ)千頭(ちがしら)(し)め殺しまつらむ(ここに)伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)(のたま)はく(うつく)(あ)那邇妹命(なにものみこと)(な)(しか)(し)たまへ(ば)(あれ)一日(ひとひ)千五百産屋(ちうぶやあまりいほうぶや)を立たしたまはむ

最後に妹である伊邪那美いざなみみこと自身が追って来ました。

伊邪那岐いざなぎみことは千引きの岩を引いて黄泉平坂よもつひらさかふさぎました。

その岩を間にして向い立ち事戸ことどを渡しました。(永遠のお別れを言い渡しました。)
そして伊邪那美いざなみみことは言いました。

「愛しい私の兄よ、このような事をされた以上は、あなたの国の人草(人をあし草に例えた言葉)を一日に1000人絞め殺すしかありません。」

そこで伊邪那岐いざなぎみことは告げました。

「愛しい私の妹よ、そのようなことをするならば、一日に1500の産屋うぶや(お産のために使う部屋)を立てましょう。」

是以一日必千人死一日必千五百人生也故號其伊邪那美神命謂黃泉津大神亦云以其追斯伎斯 【此三字以音】 而號道敷大神亦所塞其黃泉坂之石者號道反大神亦謂塞坐黃泉戸大神故其所謂黃泉比良坂者今謂出雲國之伊賦夜坂也

是以(こをもち)一日(ひとひ)必ず千人(ちひと)死にし一日(ひとひ)必ず千五百人(ちひとあまりいほひと)(う)まる(なり)(かれ)(そ)伊邪那美(いざなみ)(みこと)(なづ)黄泉津大神(よもつおほかみ)(い)ひて(また)(そ)(お)斯伎斯(しきし) 【(こ)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】 を(も)ちて云ひて(しかるに)道敷大神(ちしきのおほかみ)(なづ)(また)(そ)(ところ)(せ)かえし黄泉坂(よもつさか)(の)(いは)(ば)道反大神(ちがへしのおほかみ)(なづ)(また)塞坐黄泉戸大神(さやりますよみとのおほかみ)(い)(かれ)(そ)所謂(いはゆる)黄泉比良坂(よもつひらさか)(は)今に出雲国(いづものくに)(の)伊賦夜坂(いふやさか)(い)(なり)

このようなことから、一日に必ず千人死に、一日に必ず千五百人生まれることになりました。

そして、伊邪那美いざなみみことを名づけ、黄泉津大神よもつおおかみと呼び、またこのように追ってきた事により道敷大神ちしきのおおかみと名付けました。

またその黃泉坂よもつさかの岩がふさがれたので、道反大神ちがえしのおおかみと名付け、また塞坐黃泉戸大神さやりますよみとのおおかみともいいます。

その黄泉比良坂よもつひらさかといわれる所は、今は出雲国いずものくに伊賦夜坂いふやさか(現在の島根県松江市東出雲いずも揖屋いやにある山道とされる)といいます。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

是以伊邪那伎大神詔吾者到於伊那志許米/上/志許米岐 【此九字以音】 穢國而在祁理 【此二字以音】 故吾者爲御身之禊而到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐 【此三字以音】 原而禊祓也

是以(こをもちて)伊邪那伎大神(いざなぎのおほみかみ)(のたま)はく(あれ)(は)(い)(な)(し)(こ)(め)/上声/(し)(こ)(め)(き) 【(こ)九字(ここのもじ)(こえ)(も)ちてす】 (きたな)き国(に)到りて(すなわち)(あ)(け)(り) 【(こ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】 (かれ)(あれ)(は)(おほみ)(み)(の)(みそぎ)(せ)むとのたまひて(しかるに)竺紫(ちくし)日向(ひむか)(の)(たちばな)小門(をど)(の)(あ)(は)(き) 【(こ)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】 原にて(しかるに)(みそ)(はら)ひたまひき(なり)

こうしたことがあって、伊邪那伎大神いざなぎのおおみかみは言いました。

「私は、あってはならぬ目にも不吉な不吉でけがれた国を訪れてしまった。この身体をみそぎしよう。」

そこで、筑紫ちくし日向ひむかいたちばな小門おど阿波岐あわぎ原(現在の宮崎県宮崎市阿波岐原町にある江田神社とされる)において、みそはらいをしました。

故於投棄御杖所成神名衝立船戸神次於投棄御帶所成神名道之長乳齒神次於投棄御囊所成神名時量師神次於投棄御衣所成神名和豆良比能宇斯能神 【此神名以音】 次於投棄御褌所成神名道俣神次於投棄御冠所成神名飽咋之宇斯能神 【自宇以下三字以音】 次於投棄左御手之手纒所成神名奧疎神 【訓奧云於伎下效此訓疎云奢加留下效此】

(かれ)(み)杖を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は衝立船戸(つきたつふなと)の神次に(み)帯を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は道之長乳歯(みちのながちは)の神次に(み)(ふくろ)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は時量師(ときはからし)の神次に(み)(きぬ)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は(わ)(づ)(ら)(ひ)(の)(う)(し)(の)神 【(こ)の神の名(こえ)(もち)てす】 次に(み)(はかま)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は道俣(ちまた)の神次に(み)(かがふり)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は飽咋(あきぐひ)(の)(う)(し)(の)神 【宇(よ)以下(しもつかた)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】 次に左の(み)(の)手纒(たまき)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は(おき)(ざかる)の神 【奧を(よ)(お)(き)と云ふ(しも)(こ)(なら)ふ疎を(よ)みて(ざ)(か)(る)と云ふ(しも)(こ)(なら)ふ】

ゆえに、御杖みつえを投げ棄てた所に神が現れ、その名は衝立船戸つきたつふなとの神。

次に御帯みおびを投げ棄てた所に神が現れ、その名は道之長乳歯みちのながちはの神。

次に御嚢みふくろを投げ棄てた所に神が現れ、その名は時量師ときはからしの神。

次に御衣みきぬを投げ棄てた所に神が現れ、その名は和豆良比能宇斯能わづらいのうしのの神。

次に御褌みはかまを投げ棄てた所に神が現れ、その名は道俣ちまたの神。

次に御冠みかんむりを投げ棄てた所に神が現れ、その名は飽咋之宇斯能(あきぐいのうしのの神。

次に左の御手みて手纒たまきを投げ棄てた所に神が現れ、その名は奧疎おきざかるの神。

次奧津那藝佐毘古神 【自那以下五字以音下效此】 次奧津甲斐辨羅神 【自甲以下四字以音下效此】 次於投棄右御手之手纒所成神名邊疎神次邊津那藝佐毘古神次邊津甲斐辨羅神右件自船戸神以下邊津甲斐辨羅神以前十二神者因脱著身之物所生神也

次に(おき)(つ)(な)(ぎ)(さ)(び)(こ)の神 【那(よ)以下(しもつかた)五字(いつもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に(おき)(つ)(か)(ひ)(べ)(ら)の神 【甲(よ)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に右の(み)(の)手纒(たまき)を投げ(す)ちし所に(おいて)成れる神の名は(へ)(ざかる)の神次に辺津那芸佐毘古(へつなぎさびこ)の神次に辺津甲斐弁羅(へつかひべら)の神といふ右の(くだり)船戸(ふなと)の神(よ)以下(しもつかた)辺津甲斐弁羅(へつかひべら)の神の以前(さきつかた)十二神(とをつあまりふたはしらのかみ)(は)身に(つ)けし(の)物を(ぬ)きし所に(よ)りて(な)りましき神(なり)

次に奧津那藝佐毘古おきつなぎさびこの神。

次に奧津甲斐辨羅おきつかいべらの神。

次に右の御手の手纒を投げ棄てた所に神が現れ、その名を辺疎へざかるの神。

次に辺津那芸佐毘古へつなぎさびこの神。

次に辺津甲斐弁羅へつかいべらの神。

以上のお話で、衝立船戸つきたつふなとの神から辺津甲斐弁羅へつかひべらの神までの十二柱とおつあまりふたはしらの神は、身に着けたものを脱いだことにより現れた神です。

於是詔之上瀬者瀬速下瀬者瀬弱而初於中瀬墮迦豆伎而滌時所成坐神名八十禍津日神 【訓禍云摩賀下效此】 次大禍津日神此二神者所到其穢繁國之時因汚垢而所成神之者也次爲直其禍而所成神名神直毘神 【毘字以音下效此】 次大直毘神次伊豆能賣 【幷三神也伊以下四字以音】

於是(ここにおいて)(のたま)はく上瀬(かみつせ)(は)(と)下瀬(しもつせ)(は)(よわ)(しかるに)初めて中瀬(なかつせ)(おいて)(お)(か)(づ)(き)(しかるに)(すす)ぎましし時成り(ま)さえし(ところ)神の名は八十禍津日(やそまかつひ)の神 【禍を(よ)(ま)(か)と云ふ(しも)(こ)(なら)ふ】 次に大禍津日(おほまかつひ)の神此の(ふた)(は)(そ)穢繁(きたな)き国に到りましし(ところ)(の)(きたな)(あか)(よ)りて(しかるに)神に成りまさえし(ところ)(の)(もの)(なり)次に(そ)(まが)(なほ)して(しかるに)成りまさえし(ところ)神の名は神直毘(かむなほび)の神 【毘の(もじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 次に大直毘(おほなほび)の神次に伊豆能売(いづのめ) 【(あは)三神(みかみ)(なり)(い)より以下(しもつかた)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】

ここで言いました。

「上流の瀬は速く、下流の瀬は弱い」

そこで、初めて中ほどの瀬に降り潜られた時成りました神は、名を八十禍津日やそまかつひの神、次に大禍津日おおまかつひの神といい、この二柱ふたはしらの神はそのけがれがはなはだしい国に到りました時、その汚垢おこうにより神と成りました。

次にその災禍さいかをなおすものとして成りました神は、名を神直毘かむなおびの神、次に大直毘おおなおびの神、次に伊豆能売いづのめといいます。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

次於水底滌時時所成神名底津綿/上/津見神次底筒之男命於中滌時所成神名中津綿/上/津見神次中筒之男命於水上滌時所成神名上津綿/上/津見神 【訓上云宇閇】 次上筒之男命此三柱綿津見神者阿曇連等之祖神以伊都久神也 【伊以下三字以音下效此】 故阿曇連等者其綿津見神之子宇都志日金拆命之子孫也 【宇都志三字以音】 其底筒之男命中筒之男命 上筒之男命三柱神者墨江之三前大神也

次に水底(みなそこ)(おいて)(すす)ぎましし時成りまさえし(ところ)の神の名は底津綿/上声/津見(そこつわたつみ)の神次に底筒之男(そこつつのを)(みこと)中に(おいて)(すす)ぎましし時成りまさえし(ところ)神の名は中津綿/上声/津見(なかつわたつみ)の神次に中筒之男(なかつつのを)(みこと)水上(みなかみ)(おいて)(すす)ぎましし時成りまさえし(ところ)神は上津綿/上声/津見(うはつわたつみ)の神 【上を(よ)(う)(へ)と云ふ】 次に上筒之男(うはつつのを)(みこと)(こ)三柱(みはしら)綿津見(わたつみ)の神(は)阿曇連(あづみのむらじ)(ら)(の)祖神(おやがみ)なりて(も)ちて(い)(つ)(く)(なり) 【(い)より以下(しもつかた)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】 (かれ)阿曇連(あづみのむらじ)(ら)(は)(そ)綿津見(わたつみ)の神(の)宇都志日金拆(うつしひかなさく)(みこと)(の)子孫(あなすえ)(なり) 【(う)(つ)(し)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】 (そ)底筒之男(そこつつのを)(みこと)中筒之男(なかつつのを)(みこと)上筒之男(うはつつのを)(みこと)三柱(みはしら)の神(は)墨江之三前大神(すみえのみまえのおほかみ)(なり)

次に水底みなそこすすぎました時に成りました神は、名を底津綿津見そこつわたつみの神、次に底筒之男そこつつのおみことといいます。

中ほどですすぎました時に成りました神は、名を中津綿津見なかつわたつみの神、次に中筒之男なかつつのおみことといいます。

水面ですすぎました時に成りました神は、名を上津綿津見うわつわたつみの神、次に上筒之男うわつつのおみことといいます。

この三柱みはしら綿津見わたつみの神は阿曇連あづみのむらじらの祖神そしんであり、したがっていつくしみの神です。

こうしたことから、阿曇連あづみのむらじらはその綿津見わたつみの神の子宇都志日金拆うつしひかなさくみことの子孫です。

その底筒之男そこつつのおみこと中筒之男なかつつのおみこと上筒之男うわつつのおみこと三柱みはしらの神は墨江之三前大神すみえのみまえおおかみです。

於是洗左御目時所成神名天照大御神次洗右御目時所成神名月讀命次洗御鼻時所成神名建速須佐之男命 須佐二字以音 右件八十禍津日神以下速須佐之男命以前十四柱神者因滌御身所生者也

於是(ここにおいて)左の御目(みめ)を洗ひましし時成りまさえし(ところ)神の名は天照大御神(あまてらすおほみかみ)次に右の御目(みめ)を洗ひましし時成りまさえし(ところ)神の名は月読(つくよみ)(みこと)次に御鼻(みはな)を洗ひましし時成りまさえし(ところ)神の名は建速須佐之男(たけはやすさのを)(みこと) (す)(さ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)いる 右の(くだり)八十禍津日(やそまがつ)の神の以下(しもつかた)速須佐之男(はやすさのを)(みこと)以前(まへつかた)十四柱(とあまりよはしら)の神(は)御身(おほみみ)(すす)ぎましし所に(よ)(な)りし(もの)(なり)

さらに左の御目みめを洗いました時に成りました神は、名を天照大御神あまてらすおおみかみといいます。

次に右の御目みめを洗いました時に成りました神は、名を月読つくよみみことといいます。

次に御鼻みはなを洗いました時に成りました神は、名を建速須佐之男たけはやすさのおみことといいます。

ここまでの八十禍津日やそまがつの神以下、建速須佐之男たけはやすさのをみこと以前の十四柱とあまりよはしらの神は、身体をすすぎましたことにより産まれました。

此時伊邪那伎命詔吾者生生子而於生終得三貴子卽其御頸珠之玉緖母由良邇 【此四字以音下效此】 取由良迦志而賜天照大御神而詔之汝命者所知高天原矣事依而賜也故其御頸珠名謂御倉板擧之神 【訓板擧云多那】

(こ)の時伊邪那伎(いざなぎ)(みこと)(はなはだ)歓喜(よろこ)びて(のたま)はく(われ)(は)子を(う)(う)みて(しかるに)(う)(を)へるに(おいて)(み)はしらの(たふと)き子を(え)てあり(すなわ)(そ)(み)(くび)(たま)(の)(たま)(を)(も)(ゆ)(ら)(に) 【(こ)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(これ)(なら)ふ】 取り(ゆ)(ら)(か)(し)めて(しかるに)天照大御神(あまてらすおほみかみ)(たまは)りて(しかるに)(のたま)はく(これ)((いまし)(おほせごと)(は)高天原(たかあまはら)これ知らしむ(ところ)(ぞ)事依(ことよ)(しかるに)(たま)ひき(なり)(かれ)(そ)御頸(みくび)(たま)の名は御倉板挙(みくらたな)(の)神と(い)ふ 【板挙を(よ)みて(た)(な)と云ふ】

この時、伊邪那伎いざなぎみことは大いに喜び言いました。

「私は子を生んでまた生み、生み終えて三柱の貴い子を得た。」(三貴子みはしらのうずのみこという)

そしてその首飾りの玉の緒を、ゆらゆら取り外し玉の当たる音をさせながら天照大御神あまてらすおおみかみに、手ずからたまわりました。

そして言い渡しました。

「そなたへのめいは、高天原たかあまはらを治めることだ。よろしく頼む。」

ゆえに、その御首みくびにかけたたまの名を御倉板挙みくらたなの神といいます。

出典:古事記 : 国宝真福寺本. 上 – 国立国会図書館デジタルコレクション

次詔月読命汝命者所知夜之食國矣事依也 【訓食云袁須】 次詔建速須佐之男命汝命者所知海原矣事依也故各隨依賜之命所知看之中速須佐之男命不知所命之國而八拳須至于心前啼伊佐知伎也 【自伊下四字以音下效此】 其泣狀者青山如枯山泣枯河海者悉泣乾是以惡神之音如狹蠅皆滿萬物之妖悉發

次に月読(つくよみ)(みこと)(のたま)はく(いまし)(みこと)(は)(よ)(の)(をす)国これ知らしむ所(ぞ)事依(ことよ)せたまひき(なり) 【食を(よ)(を)(す)と云ふ】 次に建速須佐之男(たてはやすさのを)(みこと)(のたま)はく(いまし)(みこと)(は)海原(うなはら)これ知らしむ所(ぞ)事依(ことよ)せたまひき(なり)(かれ)(おのもおのも)(よ)(たま)ひし(の)(おほせごと)(したが)ひて知らしむ所(こ)れを(め)(なか)速須佐之男(はやすさのを)(みこと)(おほせごと)せらるる所(これ)国を不知(しらしめざりて)(しかるに)八拳(やつか)(ひげ)(むな)(さき)(に)至り(な)(い)(さ)(ち)(き)(なり) 【伊(よ)(しも)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(これ)(なら)ふ】 其の泣き(ふ)(は)(あを)き山(か)る山の如く泣き(か)河海(かはうみ)(は)(ことごと)く泣き乾き、(これ)(も)ちて(あ)しき神(の)(こえ)狭蝿(さばへ)の如く皆(み)てり(よろづ)の物(の)(あやしさ)(ことごと)(はな)ちき

次に月読つくよみの命に言い渡しました。

「そなたへのめいは、夜の治める国を治めることだ。よろしく頼む。」

次に建速須佐之男たてはやすさのをみことに言い渡しました。

「そなたへのめいは、海原を治めることだ。よろしく頼む。」

このようにして、おのおの依頼なさっためいによって治める様子を見て回る中、速須佐之男はやすさのおは何もせずめいされた国は治まっておりませんでした。

そしてひげが八拳やつかの胸先まで伸び、泣いてばかりいました。

その泣き状すことで、緑の山はすっかり泣き枯れ、枯れ山となり川海はことごとく泣き、水が枯れそれによって悪神の音が鳴り渡り、すべてに満ちておりました。

万物は何もかも妖気を放っておりました。

故伊邪那岐大御神詔速須佐之男命何由以汝不治所事依之國而哭伊佐知流爾答白僕者欲罷妣國根之堅洲國故哭爾伊邪那岐大御神大忿怒詔然者汝不可住此國乃神夜良比爾夜良比賜也 【自夜以下七字以音】 故其伊邪那岐大神者坐淡海之多賀也

(かれ)伊邪那岐(いざなぎ)大御神(おほみかみ)(のたま)はく速須佐之男はやすさのを(みこと)何由(なにゆえ)(いまし)(も)ちて事依(ことよ)せたまはゆ所(の)国を不治(おさめざ)るや(しかるに)(な)(い)(さ)(ち)(る)(に)答へて(まを)ししく(やつかれ)(は)(はは)の国根之堅洲(ねのかたす)国に(かへ)らむと(ほ)りする(ゆえ)(な)(のみ)伊邪那岐大御神(いざなぎのおほみかみ)(はなはだ)忿怒(いか)りて(のたま)はく然者(しかにあれば)(いまし)(こ)の国に住まはじ(すなは)(かむ)(や)(ら)(ひ)(に)(や)(ら)(ひ)(たま)ひき也 【夜(よ)以下(しもつかた)七字(ななもじ)(こえ)(もち)てす】 (かれ)(そ)伊邪那岐大神(いざなぎのおほみかみ(は)淡海(あふみ)(の)多賀(たが)(ましま)(なり)

そこで、伊邪那岐大御神いざなぎのおおみかみが聞かれました。

速須佐之男はやすさのをみことよ、どうして依頼した国を治めないのか。」

それに対して、泣きじゃくりながらお答え申し上げました。

「私は、母の住む根之堅洲ねのかたすの国に行きたくて泣いているだけなのです。」

それを聞いて伊邪那岐大御神いざなぎのおおみかみは激怒し、申し渡しました。

「しからば、お前はこの国に住むべからず。であれば根之堅洲ねのかたすの国に行ってしまえ。」

こうした事があり、伊邪那岐大神は近江の国の多賀に引きこもってしまいました。

Posted by まれびと