【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その陸
山佐知毘古・海佐知毘古
故火照命者爲海佐知毘古【此四字以音下效此】而取鰭廣物鰭狹物火遠理命者爲山佐知毘古而取毛麤物毛柔物爾火遠理命謂其兄火照命各相易佐知欲用三度雖乞不許然遂纔得相易爾火遠理命以海佐知釣魚都不得一魚亦其鉤失海於是其兄火照命乞其鉤曰山佐知母己之佐知佐知海佐知母己之佐知佐知今各謂返佐知之時【佐知二字以音】其弟火遠理命答曰汝鉤者釣魚不得一魚遂失海然其兄強乞徵故其弟破御佩之十拳劒作五百鉤雖償不取亦作一千鉤雖償不受云猶欲得其正本鉤
故火照の命者海佐知毘古【此の四字音を以てす下此れ効ふ】に為て而鰭廣物鰭狹物取る火遠理の命者山佐知毘古に為て而毛麤物毛柔物取る爾に火遠理の命其の兄火照の命に謂す各佐知を相易へ用るを欲る三度乞へ雖不許ず然るに遂に纔に得相易へき爾火遠理の命海の佐知を以て魚を釣り都一魚も不得亦其の鉤海に失せき於是其の兄火照の命其の鉤を乞ひ曰く山佐知母己之佐知佐知海佐知母己之佐知佐知と今各佐知を返さむと謂らし之時 【佐知二字音を以てす】 其の弟火遠理の命答へ曰く汝鉤者魚釣るに一魚も不得して遂に海に失せり然るに其の兄強ひ乞ひ徴り故其の弟御佩之十拳の剣を破き五百の鉤を作り償へ雖も不取り亦一千の鉤を作り償へ雖も不受ず云ふ猶其の正し本の鉤欲得
さて、火照命は海幸彦としていろいろな魚を獲っていました。
火遠理命は山幸彦としていろいろな獣を獲っていました。
その火遠理命が、その兄火照命に言いました。
「それぞれの幸(弓矢と釣り針)を互いに交換して使わせてください。」
しかし、三たびお願いしても許しませんでした。
それでも、最後は少しだけ交換できました。
そこで火遠理命は、その海の幸(釣り針)を用いて魚を釣ったのですが、ただの一尾も釣れず、またその釣り針は海に失ってしまいました。
そうした折、兄の火照命はその釣り針を返すように言ってきました。
「山の幸もおのがさちさち、海の幸もおのがさちさち」と鼻歌のように言い、今すぐ互いに幸を返そうと言いました。
弟の火遠理命は、「あなたの釣り針は魚を釣るに一尾も得られず、ついには海でなくしました。」と答えました。
しかし兄は、強く求めてきました。
そこで弟は、御佩(腰に差していた)の十拳の剣(10掴みほどの長さの剣)を砕き、五百の釣り針を作って償おうとしたのですが、受け取りませんでした。
再び、一千の釣り針を作り償おうとしましたが、やはり受け入れませんでした。
兄は、言いました。
「それでもなお、私は本物の元の釣り針が欲しいのだ。」
於是其弟泣患居海邊之時鹽椎神來問曰何虛空津日高之泣患所由答言我與兄易鉤而失其鉤是乞其鉤故雖償多鉤不受云猶欲得其本鉤故泣患之爾鹽椎神云我爲汝命作善議卽造无間勝間之小船載其船以教曰我押流其船者差暫往將有味御路乃乘其道往者如魚鱗所造之宮室其綿津見神之宮者也到其神御門者傍之井上有湯津香木故坐其木上者其海神之女見相議者也【訓香木云加都良木】
於是其の弟泣き患ひ海辺に居りし之時塩椎神来問ひ曰さく何ぞや虚空津日高之泣き患ふ所由答へ言ふ我与兄鉤を易へて而其の鉤失せ是に其の鉤乞はれし故多き鉤を償へ雖不受云はく猶其の本の鉤も欲と故之に泣き患ふ爾塩椎神云さく我汝命が為善き議作さむ即无間勝間之小船に載せ其の船以ち教へ曰く我其の船押し流さ者差し暫し往き将に味御路有らむ乃ち其の道に乗り往け者魚鱗の如造りし所之宮室其綿津見神之宮者也其の神の御門に到ら者傍之井の上湯津香木有らむ故其の木の上坐さ者其の海神之女見え相議ら者也【香木を訓み加都良と云ふ こは木なり】
そうしたことから、弟は泣きながら思い悩み海辺にいました。
するとその時、塩椎神(潮流をつかさどる神)が来て問いました。
「どうしたのか、虚空津日高よ。泣きながら思い悩む理由を言ってみなさい。」
それに答えて言いました。
「私は兄から釣り針を借りてその釣り針を失っていたところに、その釣り針を請求されたので、多くの釣り針で償なおうとしたのですが、受け入れられず、『私はなお、元の釣り針が欲しいのだ』と言われたので、ここで泣きながら思い悩んでいるのです。」
それを聞き、塩椎神が言いました。
「私があなたのために、良い手立てを用意しよう。」
すぐに、目の詰まった緻密な竹籠の小船を造り、その船に載せて、このように教えました。
「私がその船を押し流すので、そのまま暫く行きなさい。そこに美し御路(美しく高貴な道)があります。」
「その道を通って行けば、魚の鱗のように造られた宮殿があります。それは海神の神殿です。」
「そうしてその神の御門に着いたら、その傍らの井戸の上にある斎桂の木(葉のたくさん生い茂った神聖で清浄なカツラの木)を探しなさい。」
「そして、その木の上にしばらくいれば、海神の息女(身分ある人の娘)が現れることでしょう。」
「そのかたに相談してみてください。」
故隨教少行備如其言卽登其香木以坐爾海神之女豐玉毘賣之從婢持玉器將酌水之時於井有光仰見者有麗壯夫【訓壯夫云遠登古下效此】以爲甚異奇爾火遠理命見其婢乞欲得水婢乃酌水入玉器貢進爾不飮水解御頸之璵含口唾入其玉器於是其璵著器婢不得離璵故璵任著以進豐玉毘賣命
故教に隨ひ少行き備其の言の如し即ち其の香木に登り以ち坐り爾海神之女豊玉毘賣之従婢玉器を持ち将に水を酌まむ之時於井に光有り仰ぎ見れ者麗し壮夫 【壮夫を訓み遠登古と云ふ 下此れ効ふ】 有り甚異奇と以為ひき爾火遠理の命其の婢を見水を得まく欲り乞ひ婢乃酌みし水を玉器に入れ貢り進め爾水を不飲御頸之璵を解き口に含み其の玉器に唾き入れ於是其の璵器に著き婢璵を離ち不得故璵の著く任に以ち豊玉毘賣の命に進めき
そして、教えられた通り少し行くと、すべてその言葉の通りでしたので、その桂の木に登って待っていました。
すると、海神の娘豊玉毘賣の侍女が玉器(美しい器)に水を汲もうとした時、井戸の水に光が映りました。
仰ぎ見ると、麗しき立派な男がいて、甚だ不思議なことと思いました。
すると火遠理命は、その侍女を見て水を求め、侍女は水を汲み玉器に入れて差し上げました。
ところが、水は飲まずに御首に懸けていた魯の瓊(璵璠のこと・春秋戦国時代の魯という国にあったとされる宝玉)を外して口に含み、その玉器に吐き出したところ、その瓊は器にくっつき、侍女は瓊を離すことができませんでした。
そこで瓊の付いたままで持ってきて、豊玉毘賣の命にお渡ししました。
爾見其璵問婢曰若人有門外哉答曰有人坐我井上香木之上甚麗壯夫也益我王而甚貴故其人乞水故奉水者不飮水唾入此璵是不得離故任入將來而獻爾豐玉毘賣命思奇出見乃見感目合而白其父曰吾門有麗人爾海神自出見云此人者天津日高之御子虛空津日高矣卽於內率入而美智皮之疊敷八重亦絁疊八重敷其上坐其上而具百取机代物爲御饗卽令婚其女豐玉毘賣
爾其の璵を見婢に問ひ曰く若門の外に人有る哉答へ曰さく人有り我が井の上の香木之上に坐り甚麗し壮夫也我が王に益して而甚貴し故其の人水を乞ひし故水を奉れ者水を不飲此の璵を唾き入れ是離ち不得故任に入り将来て而献らむ爾豊玉毘賣の命奇しと思ひ出見乃ち見感ひ目合はして而其の父に白曰く吾が門麗しき人有り爾海神自ら出見云はく此の人者天津日高之御子虚空津日高矣即ち於内率入れ而美智皮之疊八重に敷き亦絁の疊八重に其の上に敷き其の上に坐させまつり而百取机代物を具へ御饗為即ち其の女豊玉毘賣婚令き
すると、その瓊を見た豊玉毘賣は、侍女に問いました。
「もしかして、門の外に人がいるのですか。」
それに答えて申しました。
「人がいます。」
「その人は、井戸の上の桂の木の枝に腰掛けていて、それは麗しい男性です。そして、わが王(君=海神)にも益して貴い方です。 」
「そして、その人が水を望まれたので水を差し上げたところ、水は飲まずこの魯の瓊を吐き入れ、これを離すことができないので、そのまま持ってきて豊玉毘賣様に差し上げました。」
そこで豊玉毘賣命は、不思議に思って外に出て見たところ、一目見て心にぴたりとくるものを感じ、見つめ合いました。
そして、父に申し上げました。
「私たちの宮の門のところに麗しき人がいます。」
それを聞いて、今度は海神自身が出て、見て言いました。
「この人は天津日高様の御子、虚空津日高様にあらせられますことよ。」
そして直ちに宮殿内に招き入れ、美智(海驢)の毛皮の畳を八重(数多く重ねて)に敷き、さらにその上に絁(太絹)の畳を八重に敷き、その上にお座りいただきました。
そして、百取机代物(多くのもてなしの料理)を用意し饗宴(皆を集めた盛大な宴会)でもてなし、そのままその娘豊玉毘賣を娶って(妻として迎えて)いただきました。
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