【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その肆

故天若日子之妻下照比賣之哭聲與風響到天於是在天天若日子之父天津國玉神及其妻子聞而降來哭悲乃於其處作喪屋而河雁爲岐佐理持【自岐下三字以音】鷺爲掃持翠鳥爲御食人雀爲碓女雉爲哭女如此行定而日八日夜八夜遊也此時阿遲志貴高日子根神【自阿下四字以音】到而弔天若日子之喪時自天降到天若日子之父亦其妻皆哭云

(かれ)天若日子(あめのわかひこ)(の)(つま)下照比売(したてるひめ)(の)(な)く声風(に)(とよ)(あめ)に到りき於是(これにおいて)(あめ)(あ)天若日子(あめのわかひこ)(の)天津国玉神(あまつくにたまのかみ)(と)(そ)妻子(めこ)聞きて(しかるに)降り来たり(な)き悲しびき(すなは)其処(そこ)(おいて)喪屋(もや)を作りて(しかるに)河雁(かはかり)岐佐理持(きさりもち)【岐(よ)(しも)三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】と(し)(さぎ)掃持(ははきもち)(し)翠鳥(そにどり)御食人(みけびと)(し)(すずめ)碓女(つきめ)(し)(ききす)哭女(なきめ)(し)(こ)(ごと)く行き定めて(しかるに)日に八日夜(やかよ)八夜(やよ)遊ばしき(なり)(こ)の時阿遅志貴高日子根(あぢしきたかひこ)の神【阿(よ)(しも)四字(よもじ)(こえ)(もち)てす】到りて(しかるに)天若日子(あめのわかひこ)(の)(も)(とぶら)ひし時(あめ)(よ)り降り到りし天若日子(あめのわかひこ)(の)(また)(そ)(め)(な)きて(い)はく

こうした事があり、天若日子あめのわかひこの妻下照比売したてるひめの泣く声は、風に響き天にまで届きました。

これを天にいる天若日子あめのわかひこの父天津国玉神あまつくにたまのかみと、天若日子あめのわかひこの妻子が聞いて、降りて来て泣き悲しみました。

そこで、そこに喪屋もや(埋葬地の近くで忌籠りをするための小屋)を作り、川雁かり(水鳥)を岐佐理持きさりもち(帰更り持ち=死者への供物をささげ持って従う者)とし、さぎ掃持ははきもち(喪屋もやほうきを持つ者)とし、翠鳥かわせみ御食人みけびと(死者に供える食膳を調える者)とし、すずめ碓女つきめ(米をつく係の者)とし、きじ泣女なきめ(葬式のときに雇われて号泣する者)とし、このように順次定めて八日八晩過ごされました。

この時 阿遅志貴高日子根神あぢしきたかひこのかみのが訪れ天若日子あめのわかひことむらいした時、 天より降りて来ていた天若日子あめのわかひこの父や妻らが皆泣いて言いました。

我子者不死有祁理【此二字以音下效此】我君者不死坐祁理云取懸手足而哭悲也其過所以者此二柱神之容姿甚能相似故是以過也於是阿遲志貴高日子根神大怒曰我者愛友故弔來耳何吾比穢死人云而拔所御佩之十掬劒切伏其喪屋以足蹶離遣此者在美濃國藍見河之河上喪山之者也其持所切大刀名謂大量亦名謂神度劒【度字以音】

我子(わがこ)(は)不死有(しなざり)祁理(けり)(こ)二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす(しも)(こ)(なら)ふ】我君(わがきみ)(は)不死(しなず)(ま)祁理(けり)(い)ひ手足を取り(か)(しかるに)(な)き悲しびき(なり)(そ)(あやま)所以(よし)(は)(こ)二柱神(ふたはしらかみ)(の)容姿(かほかたち)(いと)(よ)相似(あひに)(ゆえ)是以(これをもち)(あやま)ちき(なり)於是(これにおいて)阿遅志貴高日子根(あぢしきたかひこ)の神(おほ)きに怒り(いは)我者(われは)(うるは)し友(ゆえ)(とぶら)ひ来し(のみ)(な)ぞや(わ)(きたな)き死せる人と比ぶると(い)ひて(しかるに)御佩(みはかし)し所(の)十掬(とつか)(つるぎ)を抜き(そ)喪屋(もや)を切り伏せ足を(も)(け)(はな)(こ)(や)りし(は)美濃国(みのくに)藍見河(あいみかは)(の)河上(かはかみ)喪山(もやま)(の)(あ)(は)(なり)(そ)の切らし(ところ)大刀(おほだち)を持ち名を大量(おほはかり)(い)(また)の名神度剣(かむどのつるぎ)【度の(もじ)(こえ)(もち)てす】と(い)

「我が子は死んではいなかった。」「我が君は亡くなってはいなかった。」

そして、手足に取りついて泣きいとおしみました。

そのように間違ったわけは、この二柱の神の容姿が互いにとてもよく似ていたので、そのために誤ったのでした。

これに、阿遅志貴高日子根神あぢしきたかひこのかみは大いに怒り言いました。

「私は親愛な友なのでとむらいに来ただけだ。どうして私をけがれた死人と同じように見るのだ。」

そして、御佩刀みはかし十掬とつかつるぎを抜きその喪屋もやを切り倒し足で蹴飛ばしました。

そして、その喪屋もやの飛んで行った先は美濃国みののくに藍見川あいみかわの川上の喪山もやま(現在の岐阜県不破郡垂井町にある喪山古墳とされる)でした。

その切った太刀は、名を大量おおはかりと言い、別名を神度剣かむどのつるぎと言います。

故阿治志貴高日子根神者忿而飛去之時其伊呂妹高比賣命思顯其御名故歌曰阿米那流夜淤登多那婆多能宇那賀世流多麻能美須麻流美須麻流邇阿那陀麻波夜美多邇布多和多良須阿治志貴多迦比古泥能迦微曾也此歌者夷振也

(かれ)阿治志貴高日子根(あぢしきたかひこね)の神(は)忿(いか)りて(しかるに)飛び去りし(の)(そ)伊呂妹(いろど)高比売(たかひめ)(みこと)(そ)御名(みな)を思ひ(あらは)(ゆえ)歌ひて(いは)阿米那流夜(あめなるや)淤登多那婆多能(おとたなばたの)宇那賀世流(うながせる)多麻能美須麻流(たまのみすまる)美須麻流邇(みすまるに)阿那陀麻波夜(あなたまはや)美多邇(みたに)布多和多良須(ふたわたらす)阿治志貴(あぢしき) 多迦比古泥能迦微曾也(たかひこねのかみぞや)(こ)の歌(は)夷振(ひなぶり)(なり)

このようにして、阿治志貴高日子根神あぢしきたかひこねのかみが怒り飛び去った時、その同腹の妹高比売たかひめみことは、その御名みなを思い示すためにこのように歌われました。

あまなるや 弟織機おとたなばたの うながせる たま御統みすまる 御統みすまるに あなたまはや 御谷みたに 二渡ふたわたらす 味耜あぢしき高彦根たかひこねの神ぞや

天においでの 織姫が 首の後ろ側におかけになっている 玉の首飾り その首飾りの 穴のあいた玉のように光っています あれは谷二つを輝かせてお渡りになる 阿遅志貴高日子根の神なのです

この歌はひなぶり(都から遠く離れて文化の至らない地の人が作るような歌)です。

於是天照大御神詔之亦遣曷神者吉爾思金神及諸神白之坐天安河河上之天石屋名伊都之尾羽張神是可遣【伊都二字以音】若亦非此神者其神之子建御雷之男神此應遣且其天尾羽張神者逆塞上天安河之水而塞道居故他神不得行故別遣天迦久神可問故爾使天迦久神問天尾羽張神之時答白恐之仕奉然於此道者僕子建御雷神可遣乃貢進爾天鳥船神副建御雷神而遣

於是(これにおいて)天照大御神(あまてらすおほみかみ)詔之(のらさく)(また)(いづ)れの神(つか)はせ(ば)(よ)(これ)思金(おもひかね)の神(と)諸神(もろかみ)白之(まをさく)天安河(あめのやすかは)河上(かはかみ)(の)天石屋(あめのいはや)(ま)す名は伊都之尾羽張(いつのおはばり)の神(こ)(つか)はす(べ)し【伊都の二字(ふたもじ)(こえ)(もち)てす】(も)(また)(こ)の神に(あらざ)(ば)(そ)の神(の)(みこ)建御雷之男(たてみかづちのを)の神(こ)(つか)(すべ)(また)(そ)天尾羽張(あめのおはばり)の神(は)天安河(あめのやすかは)(の)水を逆塞(さかせ)き上げて(しかるに)道を(せ)(を)りし(ゆえ)他神(ひとかみ)行不得(ゆきえず)(かれ)(わ)天迦久(あめのかく)の神を(つか)はし問はしむ(べ)故爾(このゆえ)天迦久(あめのかく)の神を使はし天尾羽張(あめのおはばり)の神に問はし(の)時答へ(まを)さく(かしこ)くも(こ)(つか)(まつ)らむ(しか)るに(こ)の道に(おいて)(は)(やつかれ)が子建御雷(たてみかづち)の神を(つか)はす(べ)(すなは)ち進め(たてまつ)らむ(ゆえ)天鳥船(あめのとりふね)の神建御雷(たてみかづち)の神を(そ)へて(しかるに)(つか)はしき

こうしたことから、天照大御神あまてらすおおみかみはおっしゃいました。

「今度は、どの神を派遣するのがよいか。」

それに対して、思金神おもいかねのかみや神々が申し上げました。

天安川あめのやすかわの川上の天石屋あめのいわやに居られます伊都之尾羽張神いつのおはばりのかみを派遣するのがよいでしょう。 またこの神でなければ、その神の子建御雷之男神たてみかずちのおのかみを派遣しましょう。 またこの天尾羽張神あめのおはばりのかみ(伊都之尾羽張神いつのおはばりのかみの別名)は、天安河あまのやすかわの水をき上げ逆流させて道をふさいでいて他の神では行けないので、特に天迦久神あめのかくのかみを派遣して尋ねさせましょう。」

そして天迦久神あめのかくのかみつかわし天尾羽張神あめのおはばりのかみに問うたところ、 答え申し上げました。

おそれ多くもおつかえさせていただきます。ただこの任務には私めの息子建御雷神たてみかずちのかみを遣わすのがよいと思われますので、お勧め申し上げます。」

そこで、天鳥船神あめのとりふねのかみに、建御雷神たてみかずちのかみを副使にえてつかわしました。

是以此二神降到出雲國伊那佐之小濱而【伊那佐三字以音】拔十掬劒逆刺立于浪穗趺坐其劒前問其大國主神言天照大御神高木神之命以問使之汝之宇志波祁流【此五字以音】葦原中國者我御子之所知國言依賜故汝心奈何爾答白之僕者不得白我子八重言代主神是可白然爲鳥遊取魚而往御大之前未還來

是以(こをもち)(こ)二神(ふたかみ)出雲(いづも)の国の伊那佐(いなさ)(の)小浜(をはま)に降り(た)りて(しかるに)【伊那佐の三字(みもじ)(こえ)(もち)てす】十掬(とかつ)(つるぎ)を抜き(なみ)の穗に(おいて)逆刺(さかさ)し立たし(そ)(つるぎ)の前に(あぐ)(ま)(そ)大国主(おほくにぬし)の神に問ふて言ふ天照大御神(あまてらすおほみかみ)高木(たかぎ)の神(の)(みこと)(も)問使之(とはしめ)汝之(なが)宇志波祁流(うしはける)(こ)五字(いつもじ)(こえ)(もち)てす】葦原中国(あしはらなかつくに)(は)我が御子(みこ)(の)知所(しらすところ)国と言依(ことよ)(たま)ひき(かれ)(なが)心や奈何(いか)なる(それ)答へ白之(まをさく)(やつかれ)(は)白不得(まをさじ)我子(わがみこ)八重言代主(やへことしろぬし)の神(こ)(まを)(べ)(しか)して鳥と遊ばし(いを)を取らむと(し)(しかるに)御大之前(みほのさき)(ゆ)(いま)(かへ)り来たらず

これに、この二神は出雲いずもの国の伊那佐いなさ小浜おばまに降り立ち、 十掬剣とかつのつるぎを抜き、波打ち際に逆さに突き立て、その剣の前に胡坐あぐらをかいて座り、大国主神おおくにぬしにこう問いました。

天照大御神あまてらすおおみかみ高木神たかぎのかみがそのみことのりをもって問われた。『お前が勝手に治めている葦原中国あしはらのなかつくには、私の御子みこが統治する国なるぞ。』と。それでお前の考えはどうだ。」

そこで、こうお答え申し上げました。

「私めが申し上げることはできません。我が子八重言代主神やへことしろぬしのかみが申し上げるでしょう。けれども鳥と遊び魚を取ろうとして、美保の岬に行ったままで、未だに帰っておりません。」

故爾遣天鳥船神徵來八重事代主神而問賜之時語其父大神言恐之此國者立奉天神之御子卽蹈傾其船而天逆手矣於青柴垣打成而隱也【訓柴云布斯】故爾問其大國主神今汝子事代主神如此白訖亦有可白子乎

故爾(このゆえ)天鳥船(あめのとりふね)の神を(つか)はし八重事代主(やへことしろぬし)の神を(め)(こし)めて(しかるに)(と)(たま)ひし(の)(そ)の父大神(おほかみ)と語り(まを)さく恐之(かしこ)くも(こ)の国(は)(あま)つ神(の)御子(みこ)立奉(たてまつ)らむ(すなは)(そ)の船を踏み(かたぶ)けて(しかるに)天逆手(あまのさかて)(や)(あを)(ふし)(かき)(おいて)打ち成して(しかるに)(こも)りき(なり)【柴を(よ)(ふ)(し)(い)ふ】故爾(このゆえ)(そ)大国主(おほくにぬし)の神に問はさく今(なが)(みこ)事代主(ことしろぬし)の神(こ)(ごと)(まを)(を)へり(また)(まを)(べ)(みこ)(や)有る

このため、天鳥船神あめのとりふねを派遣し、八重事代主神やへことしろぬしのかみを召し出し来させ、問われたところ、その父の大神おおかみと話し合った末にこう申し上げました。

「恐れ多くも、この国は天津神あまつかみ御子みこに差し上げます。」

そう話し、その船を踏み傾けて天逆手あまのさかて(呪術の柏手かしわで)を打ち青柴垣あおふしがき(青い葉の付いた柴の垣根)を作り、そこに隠れてしまいました。

そこで、大国主神おおくにぬしのかみに問われました。

「今お前の子、事代主ことしろぬしの神はこのように申した。まだ申すべき子はあるか。」

於是亦白之亦我子有建御名方神除此者無也如此白之間其建御名方神千引石擎手末而來言誰來我國而忍忍如此物言然欲爲力競故我先欲取其御手故令取其御手者卽取成立氷亦取成劒刄故爾懼而退居爾欲取

於是(こにおいて)(また)白之(まをさく)(また)(わが)(みこ)建御名方(たてみなかた)の神有り(こ)(お)(ば)(あら)(なり)(こ)(ごと)(まを)(の)(ま)(そ)建御名方(たてみなかた)の神千引(ちびき)(いは)手末(たなすへ)(ささ)げて(しかるに)(き)(い)はく(たれ)か我が国に(こ)(しかるに)忍忍(をしをし)(こ)(ごと)物言ひ(しか)らば力競(きほ)(す)(ほ)(かれ)(わ)(ま)(そ)御手(みて)を取るを(ほ)(かれ)(そ)御手(みて)を取ら(し)(ば)(すなは)(こほり)に成り立つを取らせ(また)(つるぎ)(やいば)に成らすを取らせ故爾(このゆえ)(かしこ)みて(しかるに)退(まか)(を)(こ)

ここでまた大国主おおくにぬしは申し上げました。

「もう一人の我が子、建御名方神たてみなかたのかみがいます。この子を除けばもうおりません。」

このように申し上げて間もなく、その建御名方神たてみなかたのかみが巨大な岩を手の先にささげ持って来て言いました。

「誰が我が国に来ようとしているのか。おしおし」

そして、さらに言いました。

「それでは力比べをしようではないか。そこで私が、先ずお前の御手を取ることにしたい。」

そうして、建御名方神たてみなかたのかみ建御雷神たてみかずちのかみの手を取ろうとすると、いきなり腕が氷柱となり突き立ち、続いて剣の刃になり、つかむことができませんでした。

そうしたことから、恐れて引きました。

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Posted by 風社