【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その肆
其建御名方神之手乞歸而取者如取若葦搤批而投離者卽逃去故追往而迫到科野國之州羽海將殺時建御名方神白恐莫殺我除此地者不行他處亦不違我父大國主神之命不違八重事代主神之言此葦原中國者隨天神御子之命獻
其の建御名方の神之手を取るを欲り乞ひ帰して而取れ者若葦を取る如搤へ批ちて而投げ離て者即ち逃げ去りき故追ひ往きて而科野の国之州羽の海に迫到り将に殺せしの時建御名方の神白さく恐み我を殺す莫れ此の地を除か者他処に不行ず亦我が父大国主神之命を不違へず八重事代主神之言を不違り此の葦原中国者天神御子之命に隨ひ獻らむ
今度は、その建御名方神の手を取りたいと求め返して取れば、若葦を取るように押え打って投げ放ったので、たちまち逃げ去りました。
それを追って行き信濃の国の諏訪の湖で追いつき、まさに殺そうとした時建御名方神が申し上げました。
「畏れながら、私を殺さないでください。ここを置いて他の場所には行きません。また私の父大国主神の言葉と違うことをしませんし、八重事代主神の言葉と違うこともしません。 この葦原中国は、天つ神の御子の言いつけに従い、献上申し上げます。」
故更且還來問其大國主神汝子等事代主神建御名方神二神者隨天神御子之命勿違白訖故汝心奈何爾答白之僕子等二神隨白僕之不違此葦原中國者隨命既獻也
故更に且た還り来たりて其の大国主の神に問はさく汝が子等事代主の神建御名方の神の二神者天神の御子之命に隨ひ勿違と白訖故汝が心や奈何なる爾に答へて白之僕の子等二神隨ふと白し僕之を不違ず此の葦原中国者命に隨ひ既に獻む也
そこで再び戻り、待機していた大国主神に問いました。
「お前の子ら、事代主神、建御名方神の二神は天津神の御子の言いつけに従い、違えることはないと申された。それではお前の意思はどうだ。」
この問いにお答え申し上げました。
「私の子ら二神は従うと申し上げました。私はこれを違えずこの葦原中国は御子の言いつけに従い、すべてを差し上げましょう。」
唯僕住所者如天神御子之天津日繼所知之登陀流【此三字以音下效此】天之御巢而於底津石根宮柱布斗斯理【此四字以音】於高天原氷木多迦斯理【多迦斯理四字以音】而治賜者僕者於百不足八十坰手隱而侍亦僕子等百八十神者卽八重事代主神爲神之御尾前而仕奉者違神者非也
唯僕の住む所者天神の御子之天津日継の知ろしめし所之登陀流【此の三字音を以てす下此れ效ふ】天之御巣に如きて而底津石根に於宮柱布斗斯理【此の四字音を以てす】高天原に於氷木多迦斯理【多迦斯理四字音を以てす】て而治め賜へ者僕者百不足八十坰手於隠りて而侍らむ亦僕の子等百八十神者即ち八重事代主の神を神之御尾の前に為て而仕へ奉らせ者違ふ神者非ざり也
「 ただし私の住む所は、天津神の御子の天津日嗣(天照大御神の系統を継承した者)が治める世のご立派なご住いと同じぐらいに、地の底の岩に宮柱を太くし高天原まで千木が高く達する宮とし、統治していただければ私は国土の隅々の多くから身を引きお仕え申し上げます。 また私の子ら数多い神は、そのまま八重事代主が神々の端に加えさせお仕え申し上げさせますので、違える神はありません。」
如此之白而於出雲國之多藝志之小濱造天之御舍【多藝志三字以音】而水戸神之孫櫛八玉神爲膳夫獻天御饗之時禱白而櫛八玉神化鵜入海底咋出底之波邇【此二字以音】作天八十毘良迦【此三字以音】而鎌海布之柄作燧臼以海蓴之柄作燧杵而鑽出火云
如此之白して而出雲の国之多芸志之小浜に於天之御舍を造り【多芸志三字音を以てす】而水戸神之孫櫛八玉神を膳夫と為天御饗を献りし之時禱白して而櫛八玉神鵜と化り海の底に入り底之波邇【此の二字音を以てす】を咋ひ出で天八十毘良迦【此の三字音を以てす】を作りて而海布之柄を鎌り燧臼を作り海蓴之柄を以ち燧杵を作りて而火を鑽り出で云く
このように申し上げて、出雲の国の多芸志の小浜に天の御殿を設けました。
水戸神の孫、櫛八玉神を料理まかない人とし天の饗宴を開いて差し上げ、その時呪文を唱え、櫛八玉神は鵜に変わり海底に入り、底の埴土を食って吐き出し多数の天の平瓮(食器)を作り、海藻の柄を鎌で刈り火鑚臼(きりもみして摩擦で火を得るための板)を作り、アオサの柄を用いて火鑚杵(火をおこすための尖った棒)を作って火を鑽り出し、祝詞を唱えました。
是我所燧火者於高天原者神產巢日御祖命之登陀流天之新巢之凝烟【訓凝姻云州須】之八拳垂摩弖燒擧【麻弖二字以音】地下者於底津石根燒凝
是の我が燧せむ所の火者高天原に於者神産巣日御祖命之登陀流天之新巣之凝烟【凝姻を訓み州須と云ふ】之八拳垂づる摩弖焼き挙げ【麻弖二字音を以てす】地の下者底津石根に於焼き凝る
「この我が燧りする火は、高天原には神産巣日御祖命の立派な天の新宮殿の煤の長く垂れるまで焼き挙げ、地下は地の底の大岩まで焼き凝らせましょう。」
而繩之千尋繩打延爲釣海人之口大之尾翼鱸【訓鱸云須受岐】佐和佐和邇【此五字以音】控依騰而打竹之登遠遠登遠遠邇【此七字以音】獻天之眞魚咋也故建御雷神返參上復奏言向和平葦原中國之狀
而栲縄之千尋の縄を打ち延へ海人に釣り為さし之口大き之尾翼跳鱸【鱸を訓み須受岐と云ふ】佐和佐和邇【此の五字音を以てす】控き依せ騰げて而打ちし竹之登遠遠登遠遠邇【此の七字音を以てす】天之真魚を献へ咋ひき也故建御雷の神返り参上り葦原中国に言向け和平しし之状を復奏しき
そうして長い縄をはわせ、漁夫に釣らせた口の大きな魚の尾が跳ね、その鱸をざわざわと引き寄せ釣り上げ、投げ入れた竹の釣竿はたわみ、そして天の真魚を祭壇にお供えし食したのでした。
このようにして、建御雷神は戻り天に昇り葦原中国との交渉をまとめ上げ、平定するまでの経過を報告しました。
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