【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その弐
建速須佐之男命
故於是速須佐之男命言然者請天照大御神將罷乃參上天時山川悉動國土皆震爾天照大御神聞驚而詔我那勢命之上來由者必不善心欲奪我國耳
故於是速須佐之男の命言はく然者天照大御神に将に罷らむと請ひに乃ち天に参上らむ時に山川悉く動みて国土皆震ひき爾天照大御神聞こして驚きたまひて而詔ひしく我が那勢の命之上り来る由者必ず不善心にて我が国を奪はむと欲す耳
これにより、速須佐之男の命が言いました。
「それなら、天照大御神に今すぐ戻りたいと申し上げるために、天に参上しよう。」
この言葉に、山川はことごとくどよめいて国の土はみな震えました。
天照大御神は、これを聞き驚き言いました。
「わが弟が上って来る理由は、間違いなく善い心ではなくただ私の国を奪いたいのみである。」
卽解御髮纒御美豆羅而乃於左右御美豆羅亦於御亦於左右御手各纒持八尺勾璁之五百津之美須麻流之珠而 【自美至流四字以音下效此】 曾毘良邇者負千入之靫 【訓入云能理下效此自曾至邇以音】 附五百入之靫
即ち御髮を解き御美豆羅を纒ひ而乃ち左右の御美豆羅於亦御於亦左右の御手於各八尺の勾璁之五百津之美須麻流之珠を纒ひ持ちて而 【美自り流至で四字音を以てす下此れ効ふ】 曽毘良邇者千入之靫を負ひて 【入を訓み能理と云ふ下此れ効ふ曽自り邇至で音を以てす】 五百入之靫を附けたまひき
そして、直ちに髮を解き美豆羅(男性の髪型)に結び直しました。
そして髪の左右に髪に左右の手に、それぞれたくさんの勾玉を貫いた珠の緒を巻きつけて、 背後には千本入りの靫(矢筒)を背負い、さらに五百本入りの靫(矢筒)を付けました。
亦所取佩伊都 【此二字以音】 之竹鞆而弓腹振立而堅庭者於向股蹈那豆美 【三字以音】 如沫雪蹶散而伊都【二字以音】之男建 【訓建云多祁夫】 蹈建而待問何故上來爾速須佐之男命答白
また矢を取り、御稜威の竹鞆(左手の装具)を装着し、弓を振り立て、堅い庭を足で踏んだところ太腿まで足を取られるも、沫雪のように蹴散らし雄叫びを上げられました。
そして、足を踏みつけ待ちかまえ「どうして昇って来た。」と問いました。
速須佐之男命は、答えて申し上げました。
僕者無邪心唯大御神之命以問賜僕之哭伊佐知流之事故白都良久 【三字以音】 僕欲往妣國以哭爾大御神詔汝者不可在此國而神夜良比夜良比賜故以爲請將罷往之狀參上耳無異心
僕者邪なる心無し唯大御神之命の問ひ賜ひしを以ちて僕之哭き伊佐知流し之事の故を白さく 都良久 【三字音を以てす】 僕は妣の国に往かむと欲りて以ちて哭くのみ爾大御神詔はく汝者此の国に在ら不可而神夜良比夜良比賜ひき故以為へらく将に罷り往かむとする之状を請げむ参上りし耳異なる心無し
「私めによこしまな心はありません。ただ伊邪那岐大御神が私への命を問いただされたので、私めが泣きじゃくり、『辛くてたまらないので、亡き母の国に行きたいのです。』と申し上げたのです。すると大御神に『お前はこの国に、決していてはならない。』と追い払われてしまいました。そこで姉上に、戻りたい思いを申し上げるためにお目にかかりたいと考え参りました。異心はございません。」
爾天照大御神詔然者汝心之淸明何以知於是速須佐之男命答白各宇氣比而生子 【自宇以下三字以音下效此】
爾天照大御神詔はく然者汝が心之清く明きなるは何を以ちて知るや於是速須佐之男の命答へて白さく各宇氣比に而子を生さむ 【宇自り以下三字音を以てす下此れ効ふ】
天照大御神は言いました。
「それなら、お前の心が清明であることを、どうやったら知ることができるのか。」
これに速須佐之男命が答えて申し上げました。
「それぞれ誓いを受け、子を産みましょう。」
(誓いを受ける=先に神に結果を誓っておき、その通りのしるしの成否で神意をうかがう占いの事)
故爾各中置天安河而宇氣布時天照大御神先乞度建速須佐之男命所佩十拳劒打折三段而奴那登母母由良邇 【此八字以音下效此】 振滌天之眞名井而佐賀美邇迦美而 【自佐下六字以音下效此】 於吹棄氣吹之狹霧所
これがゆえに、それぞれが天安河を挟んで向かい合い、誓いを受けようとしました。
まず、天照大御神が、建速須佐之男命の腰に下げた十拳剣(十束剣)を渡すように言いました。
それを三つに折り、その触れ合う音を鳴らしながら天の真名井(穢れなき水)で振るようにすすいで、噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れました。
成神御名多紀理毘賣命 【此神名以音】 亦御名謂奧津嶋比賣命次市寸嶋/上/比賣命亦御名謂狹依毘賣命次多岐都比賣命 【三柱此神名以音】 速須佐之男命乞度天照大御神所纒左御美豆良八尺勾璁之五百津之美須麻流珠而奴那登母母由良爾振滌天之眞名井而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命
神は御名を多紀理毘売の命 【此の神名音を以てす】 亦の御名を奧津嶋比売の命と謂ふ次に市寸嶋/上/比売の命亦の御名を狭依毘売の命と謂ふ次に多岐都比売の命といふ 【三柱此の神名音を以てす】 速須佐之男の命天照大御神の左の御美豆良に纒はしし所八尺勾璁之五百津之美須麻流珠を度したまへと乞ひまつりて而奴那登母母由良爾天之真名井に振り滌ぎ而佐賀美邇迦美而吹き棄つる気吹之狹霧に於成りましし所神御名を正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命
その名を多紀理毘売命、またの名を多紀理毘売命といいます。
続いて市寸嶋比売命、またの名を狹依毘売命が現れ、続いて多岐都比売命が現れました。
合わせて三柱の神が現れました。
その後に速須佐之男命が、天照大御神の左の鬟に巻いていた多くの勾玉を通した珠の緒を渡してくださるように言いました。
(鬟=頭頂で左右に分け、それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた髪型の事)
そしてその触れ合う音を鳴らしながら、天の真名井で振るようにすすいで、噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れました。
名を正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命といいます。
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