【古事記】（原文・読み下し文・現代語訳）上巻・その弐

亦乞度所纒右御美豆良之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名天之菩卑能命　【自菩下三字以音】　亦乞度所纒御之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名天津日子根命又乞度所纒左御手之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名活津日子根命

亦(また)右の所(ところ)御美豆良(みみづら)に纒(まと)はしし之(の)珠(たま)を度(わた)したまへと乞(こ)ひまつりて而(しかるに)佐賀美邇迦美(さがみにかみ)て而(しかるに)吹き棄(う)つる気吹(いぶき)之(の)狹霧(さぎり)に於(おいて)成りましし所(ところ)神御名(みな)を天之菩卑能命(あめのほひのみこと)　【菩(ほ)自(よ)り下(しも)三字(みもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　亦(また)所(ところ)御(かづら)に纒(まと)はしし之(の)珠(たま)を度(わた)したまへと乞(こ)ひまつりて而(しかるに)佐賀美邇迦美(さがみにかみ)て而(しかるに)吹き棄(う)つる気吹(いぶき)之(の)狭霧(さぎり)に於(おいて)成りましし所(ところ)神御名(みな)を天津日子根命(あまつひこねのみこと)又所(ところ)左の御手(みて)に纒(まと)はしし之(の)珠(たま)を度(わた)したまへと乞(こ)ひまつりて而(しかるに)佐賀美邇迦美(さがみにかみ)て而(しかるに)吹き棄(う)つる気吹(いぶき)之(の)狭霧(さぎり)に於(おいて)成りましし所(ところ)神御名(みな)を活津日子根命(いくつひこねのみこと)

また、右の鬟みずらに巻いていた多くの勾玉を通した珠の緒を渡してくださるように言いました。

噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れ、名を天之菩卑能命あめのほひのみことといいます。

また、御鬘かずら(つる草の頭飾り)に巻いていた珠を渡して渡してくださるように言いました。

噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れ、名を天津日子根命あまつひこねのみことといいます。

また、左の手に巻いていた珠を渡してくださるように言いました。

噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れ、名を活津日子根命いくつひこねのみことといいます。

亦乞度所纒右御手之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名熊野久須毘命　【自久下三字以音幷五柱】　於是天照大御神告速須佐之男命是後所生五柱男子者物實因我物所成故自吾子也先所生之三柱女子者物實因汝物所成故乃汝子也如此詔別也

亦(また)所(ところ)右の御手(みて)に纒(まと)はしし之(の)珠(たま)を度(わた)したまへと乞(こ)ひまつりて而(しかるに)佐賀美邇迦美(さがみにかみ)て而(しかるに)吹き棄(う)つる気吹(いぶき)之(の)狭霧(さぎり)に於(おいて)成りましし所(ところ)神御名(みな)を熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)　【久(く)自(よ)り下(しも)三字(みもじ)音(こえ)を以(もち)てす并(あは)せて五柱(いつはしら)】　於是(ここにおいて)天照大御神(あまてらすおおみかみ)速須佐之男(はやすさのお)の命(みこと)に告(つ)げたまはく是(これ)の後(のち)生みまさえし所(ところ)五柱(いつはしら)の男子(をのこご)者(は)物実(ものざね)我(わ)が物に因(よ)る所(ところ)成るが故(ゆえ)に吾(あ)自(よ)りなれる子也(なり)先(さき)に生みまさえし所(ところ)之(の)三柱(みはしら)の女子(めのこご)者(は)物実(ものざね)汝(な)が物に因(よ)る所(ところ)に成るが故(ゆえ)に乃(すなは)ち汝(な)が子也(なり)此(こ)れ詔別(のりわけ)が如(ごと)し也(なり)

また、右の手に巻いていた珠を渡してくださるように言いました。

噛み砕いて吹き出したところ霧のような息吹の中に神が現れ、名を熊野久須毘命くまのくすびのみことといいます。

こうしたことから、天照大御神あまてらすおおみかみは速須佐之男命はやすさのおに告げます。

「後で生んだ五柱いつはしらの男子は、物の実質は私の物から成ったので、私からできた子です。

先に生んだ三柱みはしらの女子は、物の実質はお前の物から成ったということは、お前の子です。これが詔別のりわけ(誓うけいの結果)です。」

故其先所生之神多紀理毘賣命者坐胸形之奧津宮次市寸嶋比賣命者坐胸形之中津宮次田寸津比賣命者坐胸形之邊津宮此三柱神者胸形君等之以伊都久三前大神者也

故(かれ)其(そ)の先に生みし所(ところ)之(の)神多紀理毘売(たぎりひめ)の命(みこと)者(は)胸形(むなかた)之(の)奧津(おきつ)宮に坐(ま)し次に市寸嶋比売(いちきしまひめ)の命(みこと)者(は)胸形(むなかた)之(の)中津(なかつ)宮に坐(ま)し次に田寸津比売(たきつひめ)の命(みこと)者(は)胸形(むなかた)之(の)辺津(へつ)宮に坐(ま)す此(こ)の三柱(みはしら)の神者(は)胸形君(むなかたきみ)等(ら)之(これ)以(も)て伊(い)都(つ)久(く)三前(みまへ)の大神(おほかみ)の者(もの)也(なり)

そして、その前に産みました神、多紀理毘売たぎりひめの命みこと(奥津島比売命おきつしまひめのみこと)は、胸形むなかた(宗像むなかた)の奧津宮おきつぐう(現在の福岡県宗像市にある宗像大社奧津宮といわれる)に御座おわしまして、次に市寸嶋比売いちきしまひめの命みことは、胸形むなかた(宗像むなかた)の中津宮なかつぐう(現在の福岡県宗像市にある宗像大社中津宮といわれる)に御座おわしまして、次に田寸津比売たきつひめの命みこと(多岐都比売命タギツヒメノミコト)は、胸形むなかた(宗像むなかた)の辺津宮へつぐう(現在の福岡県宗像市にある宗像大社辺津宮といわれる)に御座おわします。

この三柱みはしらの神は、胸形君むなかたきみ(宗像氏むなかたし＝筑前国ちくぜんのくに《福岡県西部》を支配していた海洋豪族)がお祀まつりする三前みまえの大神としている神々のことです。

故此後所生五柱子之中天菩比命之子建比良鳥命　此出雲國造无邪志國造上菟上國造下菟上國造伊自牟國造津嶋縣直遠江國造等之祖也　次天津日子根命者　凡川內國造額田部湯坐連茨木國造倭田中直山代國造馬來田國造道尻岐閇國造周芳國造倭淹知造高市縣主蒲生稻寸三枝部造等之祖也

故(かれ)此(こ)の後(のち)に生みし所(ところ)五柱(いつはしら)の子之(の)中天菩比命(あめのほひのみこと)之(の)子建比良鳥命(たけひらとりのみこと)　此(こ)れ出雲(いづも)の国造(くにのみやつこ)无邪志(むさし)の国造(くにのみやつこ)上菟上(かみつうなかみ)の国造(くにのみやつこ)下菟上(しもつうなかみ)の国造(くにのみやつこ)伊自牟(いじむ)の国造(くにのみやつこ)津嶋(つしま)の県直(あがたのあたへ)遠江(とほつあふみ)の国造(くにのみやつこ)等(ら)之(の)祖(おや)也(なり)　次天津日子根命(あまつひこねのみこと)者(は)　凡川内(おほしかはち)の国造(くにのみやつこ)額田部湯坐(ぬかたべのゆえ)の連(むらじ)茨木(むばらき)の国造(くにのみやつこ)倭田中(やまとのたなか)の直(あたひ)山代(やましろ)の国造(くにのみやつこ)馬来田(うまくた)の国造(くにのみやつこ)道尻岐閉(みちのしりのきへ)の国造(くにのみやつこ)周芳(すはう)の国造(くにのみやつこ)倭淹知(やまとのあむち)の造(みやつこ)高市県主(たけちのあがたぬし)蒲生稲寸(がまふのいなき)三枝部(さきくさべ)の造(みやつこ)等(ら)之(の)祖(おや)也(なり)

また、この後に生みなされました五柱いつはしらの子の中で、天菩比命あめのほいのみことの子、建比良鳥命たけひらとりのみことは、「出雲いずも(島根県東部)の国造くにのみやつこ(国を治めた豪族）」・「武蔵むさし(東京都/埼玉県/川崎市/横浜市)の国造くにのみやつこ」・「上海上かみつうなかみ(千葉県市原市の一部)の国造くにのみやつこ」・「下海上しもつうなかみ(千葉県旭市/銚子市/香取郡一帯)の国造くにのみやつこ」・「伊甚いじむ(千葉県茂原市の一部/長生郡長南町/睦沢町の一部)の国造くにのみやつこ」・「津島つしま(対馬)の県直あがたのあたへ(地方豪族）」・「遠江とおとうみ(静岡県西部)の国造くにのみやつこ」らの祖先です。

次に、天津日子根命あまつひこねのみことは、「凡河内おおしこうち(大河内おおしかわち＝大阪府東部/北中部/南西部/兵庫県南東部)の国造くにのみやつこ」・「額田部湯坐ぬかたべのゆえ(奈良県大和郡山市を本拠とする豪族)の連むらじ(八色やくさの姓かばねの七番目に当たる氏族)」・「茨城いばらき(茨城県中部)の国造くにのみやつこ」・「倭田中やまとのたなか(奈良県大和郡山市の地方豪族)の直あたへ」・「山城やましろ(京都府南部)の国造くにのみやつこ」・「馬来田うまくた(千葉県中部)の国造くにのみやつこ」・「道尻岐閉みちのしりのきへ(茨城県北部)の国造くにのみやつこ」・「周防すおう(山口県東部)の国造くにのみやつこ」・「倭淹知やまとのあむち(奈良県山辺郡)の造みやつこ」・「高市たけち(奈良県大和高田市/橿原市)の県主あがたぬし」・「蒲生がもう(滋賀県蒲生郡)の稲寸いなき((八色やくさの姓かばねの八番目に当たる氏族)」・「三枝部さきくさべの造みやつこ(天皇の補佐をする伴造とものみやつこ)」らの祖先です。

爾速須佐之男命白于天照大御神我心淸明故我所生子得手弱女因此言者自我勝云而於勝佐備　【此二字以音】　離天照大御神之營田之阿　【此阿字以音】　埋其溝亦其於聞看大嘗之殿 屎麻理　【此二字以音】　散

爾(かくありて)速須佐之男(はやすさのを)の命(みこと)天照大御神(あまてらすおほみかみ)于(に)白(まを)すに我(あ)が心清く明かし故(かれ)我(あ)が生(な)せる所(ところ)子手弱(たよわ)き女(め)を得(う)に因(よ)りて此(こ)れ言ふ者(は)自(おのづか)ら我(あれ)勝つと云ふ而(しか)して勝ち佐(さ)備(び)　【此(こ)の二字(ふたもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　於(おいて)天照大御神(あまてらすおほみかみ)之(の)営田(つくだ)之(の)阿(あ)　【此(こ)の阿の字(もじ)音(こえ)を以(もち)てす】　を離(はな)ち其(そ)の溝を埋めぬ亦(また)其(そ)れ大嘗(おほなめ)之(の)殿(との)を聞き看(み)るに於(おいて)屎(くそ)麻(ま)理(り)　【此(こ)の二字(ふたもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　散らす

そうしたあと、速須佐之男命はやすさのおのみことが天照大御神あまてらすおおみかみに申し上げました。

「私の心が清明だったからこそ、私が生んだ子にか弱い女子を得ました。それにより解るのは自おのずから私が勝ったということなのです。」

そして勝ち誇り、天照大御神の営田つくだ(所有している田）の畔あぜを壊し、その溝を埋めてしまいました。

また、御殿で大嘗祭だいしょうさいがあると聞き、出かけていって糞くそをし撒き散らしました。

故雖然爲天照大御神者登賀米受而告如屎醉而吐散登許曾　【此三字以音】　我那勢之命爲如此又離田之阿埋溝者地矣阿多良斯登許曾　【自阿以下七字以音】　我那勢之命爲如此登　【此一字以音】　詔雖直猶其惡態不止而轉天照大御神坐忌服屋而令織神御衣之時穿其服屋之頂逆剥天斑馬剥而所墮入時天服織女見驚而於梭衝陰上而死　【訓陰上云富登】

故(かれ)然(しか)る為(な)すと雖(いへ)ども天照大御神(あまてらすおほみかみ)者(は)登(と)賀(が)米(め)受(ず)して而(しかるに)告(の)りたまふに屎(くそ)の如(ごと)きは醉(え)ひて而(しかるに)吐(たぐ)り散らす登(と)許(こ)曾(そ)　【此(こ)の三字(みもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　我那勢(あがなせ)之(の)命(みこと)此(こ)の如(ごと)く為(す)れ又田(た)之(の)阿(あ)離(はな)ち溝を埋(う)む者(は)地(つち)矣(ほこり)阿(あ)多(た)良(ら)斯(し)登(と)許(こ)曾(そ)　【阿自(よ)り以下(しもつかた)七字(ななもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　我那勢(あがなせ)之(の)命(みこと)此(こ)の如(ごと)く為(す)れ登(と)　【此(こ)の一字(ひともじ)音(こえ)を以(もち)てす】　詔(の)りたまふと雖(いへど)も直(た)だ猶(な)ほ其(そ)の悪しき態(さま)不止(やま)ずして而(しかるに)転(かへ)りて天照大御神(あまてらすおほみかみ)忌服屋(いみはたや)に坐(いま)して而(しかるに)神御衣(かむみけ)を織り令(し)めし之(の)時其(そ)の服屋(はたや)之(の)頂(いただき)を穿(うが)ち天(あめ)の斑馬(ふちこま)を逆剥(さかは)ぎに剥(は)ぎて而(しかるに)墮(お)とし入(い)る所(ところ)時天(あめ)の服織女(はたおりめ)見驚きて而(しかるに)梭(ひ)於(に)て陰上(ほと)を衝(つ)きて而(しかるに)死せり　【陰上を訓(よ)み富(ほ)登(と)と云ふ】

こうしたことをしても、天照大御神は咎とがめずこう言いました。

「糞くそのようなものは、酔ってしまい吐きちらしてしまったのと大差ありません。」

「田の畔あぜを壊して溝を埋めてしまったことについては、これで土を新しくできるからいいのです。」

このように言っていたのですが、相変わらず悪い態度はやむことがありませんでした。

それどころか、天照大御神あまてらすおおみかみが忌服屋いみはたでん(斎服殿＝神聖な機を織る場所)に行き神御衣かむみけ(神に献上する衣)を織るよう命じられていた時に、 その屋根のてっぺんに穴を開け、天斑馬あめのふちこま(まだら模様の馬)を逆剥さかはぎに剥はいで(尾の方から頭に向かって皮を剥はいで)落として入れました。

天あめの服織女はたおりめ(機織り女)はそれを見て驚いてしまい、梭ひ(シャトル＝織物を織るときに経糸たていとの間に緯糸よこいとを通すのに使われる道具)によって陰部を突かれ死んでしまいました。

故於是天照大御神見畏開天石屋戸而刺許母理　【此三字以音】　坐也爾高天原皆暗葦原中國悉闇因此而常夜往於是萬神之聲者狹蠅那須　【此二字以音】　滿萬妖悉發是以八百萬神於天安之河原神集集而　【訓集云都度比】　高御產巢日神之子思金神令思　【訓金云加尼】

故(かれ)於是(これにおいて)天照大御神(あまてらすおほみかみ)見(め)し畏(おそ)れ天石屋戸(あまのいはやと)を開き而(しかるに)刺(さし)許(こ)母(も)理(り)　【此(こ)の三字(みもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　坐(ませ)り也(なり)爾(か)くありて高天原(たかあまはら)皆暗く葦原中国(あしはらのなかつくに)悉(ことごと)く闇(くら)く此(こ)に因(よ)りて而(しかるに)常夜(とこや)往(い)きぬ於是(これにおいて)万(よろづ)の神之(の)声者(は)狹蠅(さばへ)那(な)須(す)　【此(こ)の二字(ふたもじ)音(こえ)を以(もち)てす】　満ち万(よろづ)の妖(あやしき)悉(ことごと)く発(はな)てり是(これ)を以(もち)て八百万(やほよろづ)の神天(あめ)の安之(の)河原(かはら)に於(おいて)神(かむ)集集(つどひつどひ)而(しかるに)　【集を訓(よ)み都(つ)度(ど)比(ひ)と云ふ】　高御産巣日神(たかみむすびのかみ)之(の)子思金神(おもひかねのかみ)思は令(し)め　【金を訓(よ)み加(か)尼(ね)と云ふ】　

これゆえに、天照大御神あまてらすおおみかみはそれを見て恐れ、天石屋あまのいわやの戸を開き立てこもってしまいました。

このことで、高天原は皆暗く葦原中国あしはらのなかつくにはことごとく暗くなり、これによって常夜とこやになってしまいました。

そして、万よろずの神の声がざわめき満ち、万よろずの妖気がことごとく発せられました。

そこで、八百万やおよろずの神は天安河あめのやすのかわの河原に三々五々集まり、その中で高御産巣日神たかみむすびのかみの子、思金神おもいかねのかみに考えていただきました。