【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その弐
亦問汝哭由者何答白言我之女者自本在八稚女是高志之八俣遠呂智 【此三字以音】 毎年來喫今其可來時故泣爾問其形如何答白彼目如赤加賀智而身一有八頭八尾亦其身生蘿及檜榲其長度谿八谷峽八尾而見其腹者悉常血爛也 【此謂赤加賀知者今酸醤者也】
亦汝が哭く由者何かと問ひ答へ白すに言はく我之女者自本八つの稚女在りき是高志之八俣遠呂智 【此の三字音を以てす】 毎年に来て喫らふ今其れ来可かる時故に泣けり爾其の形如何にと問ひ答へ白さく彼の目は赤加賀智の如にて而身一つに八つの頭八つの尾有り亦其の身に蘿及檜榲生ひ其の長かるは谿は八谷に峡は八つの尾に度りて而其の腹を見れ者悉く常に血爛る也 【此の赤加賀知を謂ふ者今の酸醤者也】
また「あなた方の泣いている理由はなんですか。」と問われました。
それに答え申し上げるには、
「私には、もともと八人の女の子がおりました。 その娘たちは、高志に住む八俣遠呂智(八俣の大蛇)が毎年来て、一人ずつ食われてしまったのです。そして、今年また来るであろう時となったので泣いていたのです。」
また、「それでは、それはどんな形をしているのですか。」と問われたので答えて申し上げました。
「その目は加賀智(ホオズキの古名)のようで、体一つに八つの頭と八つの尾がございます。 またその身に蘿や檜榲が生え、その長さは八つの谷八つの尾根に渡り、 その腹を見ればどこも常に腫れて血が滲んでいるのでございます。」
爾速須佐之男命詔其老夫是汝之女者奉於吾哉答白恐不覺御名爾答詔吾者天照大御神之伊呂勢者也 【自伊下三字以音】 故今自天降坐也爾足名椎手名椎神白然坐者恐立奉
爾速須佐之男の命其の老夫に詔らさく是れ汝之女を者吾に於奉らむ哉答へて白さく恐りながら御名を不覚えず爾答へ詔らさく吾者天照大御神之伊呂勢者也 【伊自り下三字音を以てす】 故今天自り降坐せり也爾足名椎手名椎の神白さく然り坐せ者恐り立奉る
そこで、速須佐之男の命が、その老夫におっしゃられました。
「あなたの娘を、私にいただけますか。」
答えて申しました。
「恐れながら、お名前を存じ上げません。」
そこで答えておっしゃられました。
「私は天照大御神の伊呂勢(母を同じくする弟)です。そして、天から降りてまいりました。」
そこで、足名椎手名椎が申し上げました。
「そういうことでしたら、恐れながら差し上げさせていただきます。」
さて速須佐之男命は、たちまちその娘の姿を湯津爪櫛に変え、鬟(結った髪)の間に刺しこまれました。
そして、足名椎手名椎の神に告げられました。
「あなたたちは八鹽折の酒(八入折の酒=何度も繰り返し醸造した酒)を醸し、 また周囲に垣を張り廻らしてその垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷(載せ台)を結びつけその桟敷ごとに酒船(酒を入れておく大きな木製の器)を置き、 船ごとにその八鹽折の酒を盛って待ちなさい。」
故隨告而如此設備待之時其八俣遠呂智信如言來乃毎船垂入己頭飮其酒於是飮醉留伏寢爾速須佐之男命拔其所御佩之十拳劒切散其蛇者肥河變血而流故切其中尾時御刀之刄毀爾思怪以御刀之前刺割而見者在都牟刈之大刀故取此大刀思異物而白上於天照大御神也是者草那藝之大刀也 【那藝二字以音】
故告りに随ひて而此の設くる備への如待ちし之時其の八俣遠呂智言ふの如信せ来たり乃ち船毎に己の頭を垂れ入れ其の酒を飲みき是に於飲み醉ひ留まり伏し寝き爾速須佐之男の命其の所御佩之十拳の剣を抜き其の蛇を切り散らせ者肥の河は血に変へて而流れき故其の中の尾を切りし時御刀之刃毀ちき爾に怪しと思ほし御刀を以て之の前を刺し割りて而見れ者都牟刈之大刀在りき故此の大刀を取り異しき物と思ほして而天照大御神に於白し上ぐ也是れ者草那芸之大刀也 【那芸の二字音を以てす】
そこで、言われました通りその備えを設けて待っておりました時、八俣遠呂智(八岐大蛇)がお言葉通りやって来ました。
すぐに、船ごとにおのおの頭を垂れ入れその酒を飲み、そして飲んで醉い動きを止め、突っ伏して寝てしまいました。
そこで速須佐之男の命は、その佩びられた(腰にまとっていた)十拳の剣を抜き、 その大蛇を切り散らしたところ、肥の川は血に変わって流れました。
そしてそのうちの尾を切った時、御刀の刃が毀れました。
これは怪しいと思われ、御刀によってこの前を刺し割って見たところ、都牟刈の太刀がありました。
そこでこの太刀を取ったところ、不思議な物と思われ天照大御神に謹んで上げられました。
これが草那芸の太刀(天叢雲剣・草薙剣)です。
故是以其速須佐之男命宮可造作之地求出雲國爾到坐須賀 【此二字以音下效此】 地而詔之吾來此地我御心須賀須賀斯而其地作宮坐故其地者於今云須賀也茲大神初作須賀宮之時自其地雲立騰爾作御歌其歌曰夜久毛多都伊豆毛夜幣賀岐都麻碁微爾夜幣賀岐都久流曾能夜幣賀岐袁
故是以て其の速須佐之男の命宮可造作之地を出雲の国に求めき爾ち須賀 【此の二字音を以てす下此れに効ふ】 に到り坐て而詔らさく之吾此の地に来りて我が御心は須賀須賀斯而其の地に宮を作り坐す故其の地者今に於須賀と云ふ也茲に大神初めて須賀の宮を作りし之時其の地自り雲立ち騰り爾ち御歌を作りき其の歌曰く夜久毛多都伊豆毛夜幣賀岐都麻碁微爾夜幣賀岐都久流曾能夜幣賀岐袁
こうした事があったあと、須佐之男の命が宮を造ろうと出雲の地に来られました。
そして、須賀まで来られおおせになりました。
私の心は清々しい。
こうしてここに宮を作ることとなったために、この地は須賀と呼ぶようになりました。
そして、その宮が完成した時、その地より雲が立ち騰っておりました。
そこで歌を作られました。その歌がこれです。
於是喚其足名椎神告言汝者任我宮之首且負名號稻田宮主須賀之八耳神故其櫛名田比賣以久美度邇起而所生神名謂八嶋士奴美神 【自士下三字以音下效此】 又娶大山津見神之女名神大市比賣生子大年神次宇迦之御魂神 【二柱宇迦二字以音】 兄八嶋士奴美神娶大山津見神之女名木花知流 【此二字以音】 比賣生子布波能母遲久奴須奴神
そうしてここに、その足名椎の神をお招きされ、こう命じられました。
「あなたを、私の宮の宮司に任じましょう。そして名を稲田宮主須賀之八耳神としましょう。」
さて、その櫛名田比売と寝所で交わり、生んだ神の名は八嶋士奴美神といいます。
又、大山津見神の娘、名は神大市比売を娶り、子大年神次に宇迦之御魂神を産みました。
兄の八嶋士奴美神は、大山津見神の娘、名は木花知流比売を娶り、子布波能母遅久奴須奴神を産みました。
此神娶淤迦美神之女名日河比賣生子深淵之水夜禮花神 【夜禮二字以音】 此神娶天之都度閇知泥/上/神 【自都下五字以音】 生子淤美豆奴神 【此神名以音】 此神娶布怒豆怒神 【此神名以音】 之女名布帝耳/上/神 【布帝二字以音】 生子天之冬衣神此神娶刺國大/上/神之女名刺國若比賣生子大國主神亦名謂大穴牟遲神 【牟遲二字以音】 亦名謂葦原色許男神 【色許二字以音】 亦名謂八千矛神亦名謂宇都志國玉神 【宇都志三字以音】 幷有五名
此の神淤迦美神之女名は日河比売を娶せ子深淵之水夜礼花神 【夜礼二字音を以てす】 を生みき此の神天之都度閉知泥/上声/の神 【都自り下五字音を以てす】 を娶せて子淤美豆奴の神 【此の神名音を以てす】 を生みき此の神布怒豆怒の神 【此の神名音を以てす 】之女名は布帝耳/上声/の神 【布帝の二字音を以てす】 を娶せて子天之冬衣の神を生みき此の神刺国大/上声/の神之女名は刺国若比売を娶せて子大国主神を生み亦の名は大穴牟遅神 【牟遅の二字音を以てす】 と謂ひて亦の名は葦原色許男の神 【色許の二字音を以てす】 と謂ひて亦の名は八千矛の神と謂ひて亦の名は宇都志国玉の神 【宇都志の三字音を以てす】 と謂ひて并せて五名有り。
この神は、淤迦美神の娘、名は日河比売を娶り、子深淵之水夜礼花神を産みました。
この神は、天之都度閉知泥神を娶り、子淤美豆奴神を産みました。
この神は、布怒豆怒神の娘、名は布帝耳神を娶り、子天之冬衣神を産みました。
この神は、刺国大神の娘、名は刺国若比売を娶り、子大国主神を産み、またの名を大穴牟遅神といい、またの名を葦原色許男神といい、またの名を八千矛神といい、またの名を宇都志国玉神といい、合わせて五つの名が有ります。
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