【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その参

故隨詔命而參到須佐之男命之御所者其女須勢理毘賣出見爲目合而相婚還入白其父言甚麗神來爾其大神出見而告此者謂之葦原色許男卽喚入而令寢其蛇室於是其妻須勢理毘賣命以蛇禮 【二字以音】 授其夫云其蛇將咋以此比禮三擧打撥故如教者蛇自靜故平寢出
故(かれ)詔命(おほせこと)の隨(まにま)にして而(しかるに)須佐之男命(すさのをのみこと)之(の)御所(みところ)に参到(まいた)れ者(ば)其(そ)の女(むすめ)須勢理毘売(すせりびめ)が出(いで)見て目合(まぐはひ)を為(し)て而(しかるに)相(あひ)婚(よば)ひ還入(かへ)りき其(そ)の父に白(まを)し言はく甚(いと)麗(うるは)し神来たり爾(ここに)其(こ)の大神(おほかみ)出見(いみ)て而(しかるに)此(こ)の者に告(の)らまはく之(これ)葦原色許男(あしはらしこを)なりと謂(い)ふ即(すなは)ち喚(よ)び入れて而(しかるに)其(そ)の蛇(へみ)の室(や)に寝(い)ね令(し)めき於是(ここにおいて)其(そ)の妻須勢理毘売命(すせりびめのみこと)蛇(へみ)比(ひ)礼(れ) 【二字(ふたもじ)音(こえ)以(もち)てす】 を以(もち)其(そ)の夫(つま)に授(さづ)けて云(い)はく其(そ)の蛇(へみ)将(まさ)に咋(か)まむとせば此(こ)の比礼(ひれ)を以(もち)て三(み)たび挙(ふ)き打ちて撥(をさ)めよ故(かれ)教(のり)の如(ごと)くすれ者(ば)蛇(へみ)自(おのずから)静(しづ)みき故(かれ)平(たひら)ぎ寝(いね)て之(こ)を出(いで)き

そして言いつけに従い、須佐之男命すさのをのみことの御所に伺うかがったところ、 その娘の須勢理毘売すせりびめが出てきて、一目でお互いを気に入り結婚し、家に戻りその父に申して言いました。

「大変素敵な神が来ました。」

それを聞き大神おおかみは出てきて、見るなりこう言いました。

「お前は、葦原色許男あしはらしこお(葦原醜男あしはらしこお=全国一醜い男の意味)である。」

そしてすぐに招き入れて、御所の蛇部屋で寝させようとしました。

そのためその妻の須勢理毘売命すせりびめのみことは、蛇比禮へみひれ(大蛇おろちのヒレ=十種神宝とくさのかんだからのうちのひとつ)を夫に授けて言いました。

「蛇があなたを噛もうとしたら、このひれを三度振り降ろして鎮めなさい。」

そこで教えられた通りにすると、蛇は自おのずと静まりました。

その結果安らかに眠り、この部屋をでました。

亦來日夜者入吳公與蜂室且授吳公蜂之比禮教如先故平出之亦鳴鏑射入大野之中令採其矢故入其野時卽以火廻燒其野於是不知所出之間鼠來云內者富良富良 【此四字以音】 外者須夫須夫 【此四字以音】 如此言故蹈其處者落隱入之間火者燒過爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也其矢羽者其鼠子等皆喫也

亦(また)日(ひる)夜(よる)の来たれ者(ば)吳公(むかて)与(と)蜂(はち)との室(むろ)に入りき且(また)吳公蜂(むかてはち)之(の)比礼(ひれ)を授(さづ)け先(さき)の如(ごと)教(をし)へて故(かれ)平(たひら)ぎて之(こ)よ出(いで)き亦(また)鳴鏑(なりかぶら)を大野(おほの)に射(い)入(い)れし之(の)中に其(そ)の矢を採(と)ら令(し)め故(かれ)其(そ)の野に入りし時即(すなは)ち火を以(もち)て其(そ)の野を廻(もとほ)して焼きき於是(ここにおいて)出(い)づる所を不知(しらざ)りし之(の)間(ま)鼠(ねすみ)の来て云ひしく内(うち)者(は)富良富良(ほらほら) 【此(こ)の四字(よもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 外(そと)者(は)須夫須夫(すぶすぶ) 【此(こ)の四字(よもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 如此(かく)言ひし故(ゆえ)に其(そ)の処(ところ)を踏め者(ば)落ち隠り入りし之(の)間火(ほ)者(は)焼き過ぎぬ爾(ここ)に其(そ)の鼠(ねすみ)其(そ)の鳴鏑(なりかぶら)を咋(くは)へ持ち出(い)で来て而(しかるに)奉(たてまつ)りき也(なり)其(そ)の矢羽(やばね)者(は)其(そ)の鼠(ねずみ)の子等(ら)に皆喫(くら)はえぬ也(なり)

翌日また夜が来て、ムカデと蜂の部屋に入れられました。

また、吳公蜂之比禮むかではちのひれ(蜂比禮はちのひれ=十種神宝とくさのかんだからのうちのひとつ)を授けられ、前と同じように教えられ無事にここを出ました。

また 鳴鏑なりかぶら(矢先の後ろに音を発する鏃やじりを付けた矢)を広い野原に射いって入れ、その中に矢を取りに行かされました。

そしてその広い野原に入ると、火をその野の周囲に放ち燃やしました。

そのため、出口を見付けられずにいると鼠ねずみが来て言いました。

「内は富良富良ほらほら、外は須夫須夫すぶすぶ。」

このように言いましたのでその場所を踏んだところ、下に落ち隠れている間に、火は燃え過ぎていきました。

すると、その鼠ねずみが例の鳴鏑なりかぶらをくわえ持って出てきて、渡してくれました。

その矢羽の部分は、その鼠ねずみの子ども達に全部食べられしまっていました。

於是其妻須世理毘賣者持喪具而哭來其父大神者思已死訖出立其野爾持其矢以奉之時率入家而喚入八田間大室而令取其頭之虱故爾見其頭者吳公多在於是其妻取牟久木實與赤土授其夫故咋破其木實含赤土唾出者其大神以爲咋破吳公唾出而於心思愛而寢

於是(ここにおいて)其(そ)の妻須世理毘売(すせりびめ)者(は)喪具(ものそなへ)を持ちて而(しかるに)哭(な)きつつ来たり其(そ)の父大神(おほかみ)者(は)已(すで)に死せりと思ほし訖(つひ)に其(そ)の野に出(いで)て立たしき爾(ここに)其(そ)の矢を持ちて以(もち)て奉(たてまつ)りし之(の)時家(いへ)に率(あども)ひ入れて而(しかるに)八田間(やたま)の大室(おほむろ)に喚(よ)び入れて而(しかるに)其(そ)の頭之(の)虱(しらみ)を取ら令(し)めたまひき故爾(それゆえ)其(そ)の頭を見れ者(ば)呉公(むかて)多(さは)に在(あ)りき於是(ここにおいて)其(そ)の妻(つま)牟久(むく)の木の実与(と)赤土を取り其(そ)の夫(つま)に授(さづ)けき故(かれ)其(そ)の木の実を咋(か)み破り赤土を含(ふふ)みて唾(つは)き出(いづ)れ者(ば)其(そ)の大神(おほかみ)呉公(むかて)を咋(か)み破りて唾(つは)き出(いづ)ると以為(おも)ほして而(しかるに)心に於(おいて)愛(は)しく思ほして而(しかるに)寝(いね)にけり

こうしたことから、その妻須世理毘売すせりびめは喪もの備え(葬式の準備)を持ち、泣きながらやって来ました。

そこでその父の大神おおかみは、すでに死んだかと思いとうとうその野に出て、立っておられました。

ところが、取りに生かされた矢を手に入れ持ってきたので家に招き入れ今度は、大きな厚く塗り固められた壁の部屋に呼び入れ、その頭の虱しらみを取るよう命じました。

そこでその頭を見たところ、ムカデがたくさんいました。

そのため、その妻は椋むくの木の実と赤土を取り、その夫に与えました。

そして、その木の実を噛み破り赤土を口に含み唾つばとともに出しました。

大神おおかみは、ムカデを噛かみ破り唾つばとともに出したと思い、心から愛いとおしく思われ、眠りに入られました。

爾握其神之髮其室毎椽結著而五百引石取塞其室戸負其妻須世理毘賣卽取持其大神之生大刀與生弓矢及其天詔琴而逃出之時其天詔琴拂樹而地動鳴故其所寢大神聞驚而引仆其室然解結椽髮之間遠逃故爾追至黃泉比良坂遙望呼謂大穴牟遲神曰

爾(ここに)其(そ)の神之(の)髪を握り其(そ)の室(や)の椽(たるき)毎(ごと)に結著(ゆひつけ)て而(しかるに)五百引石(いほびきのいは)にて其(そ)の室戸(やど)を取り塞(さ)へ其(そ)の妻須世理毘売(すせりびめ)を負(を)ひ即(すなは)ち其(そ)の大神(おほかみ)之(の)生(いく)大刀(たち)与(と)生(いく)弓矢と及(また)其(そ)の天詔琴(あめののりごと)を取り持ちて而(しかるに)逃げ出(いで)し之(の)時其(そ)の天詔琴(あめののりごと)の樹(き)を払ひて而(しかるに)地(つち)の動(とよ)み鳴りし故(ゆえ)其(そ)の所(ところ)寝(いね)たる大神(おほかみ)聞き驚きて而(しかるに)其(そ)の室(や)を引き仆(たふ)しき然(しか)るに椽(たるき)に結(むす)はれし髮を解(と)きし之(の)間(ま)遠く逃げき故爾(しかるゆえ)追ひ黄泉比良坂(よもつひらさか)に至り遥(はる)けく望み大穴牟遅神(おほむちのかみ)に呼び謂(の)りて曰(いは)く

そこで、その神の髪をつかみその部屋の垂木(棟から軒に渡して、屋根を支える長い木材)ごとに結びつけ、五百引いおびきの岩(大きな岩)によってその入口の戸を塞ぎ、 妻須世理毘売すせりびめを背負い、すぐにその大神おおかみの大刀と弓矢そして天詔琴を持って逃げ出した時、その天詔琴あめののりごとが樹の枝を払い大地が大音響を立てたので、 寝ていた大神はそれを聞いて驚き、部屋を引き倒しました。

ところが、垂木に結はれた髮を解いている間に、遠くまで逃げてしまいました。

それを追いかけ、黄泉比良坂よもつひらさかまで来たところで遥はるかに望み、大穴牟遅神おほむちのかみに叫び、こう告げました。

其汝所持之生大刀生弓矢以而汝庶兄弟者追伏坂之御尾亦追撥河之瀬而意禮 【二字以音】 爲大國主神亦爲宇都志國玉神而其我之女須世理毘賣爲嫡妻而於宇迦能山 【三字以音】 之山本於底津石根宮柱布刀斯理 【此四字以音】 於高天原氷椽多迦斯理 【此四字以音】 而居是奴也故持其大刀弓追避其八十神之時毎坂御尾追伏毎河瀬追撥始作國也

其(そ)れ汝(な)が持ちし之(の)所(ところ)生(いく)大刀(たち)と生(いく)弓矢とを以(もち)て而(しかるに)汝(な)が庶(まま)兄弟(あにおと)者(は)坂之(の)御尾(みを)に追ひ伏せ亦(また)河(かは)之(の)瀬に追ひ撥(をさ)めて而(しかるに)意礼(おれ) 【二字(ふたもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 大国主(おほくにぬし)の神と為(な)り亦(また)宇都志国玉(うつしくにたま)の神と為(な)りて而(しかるに)其(そ)れ我(わ)之(の)女(むすめ)須世理毘売(すせりびめ)を嫡妻(こなみ)と為(し)て而(しかるに)宇迦能(うかの)山 【三字(みもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 之(の)山本に於(おいて)底津石根(そこついはね)に於(おいて)宮柱(みやばしら)布(ふ)刀(と)斯(し)理(り) 【此(こ)の四字(よもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 高天原(たかあまはら)に於(おいて)氷椽(ひき)多(た)迦(か)斯(し)理(り) 【此(こ)の四字(よもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 て而(しかるに)居(を)れ是奴也(これやつなり)故(かれ)其(そ)の大刀(たち)弓を持ち其(そ)の八十神(やそかみ)を追ひ避(やら)ひし之(の)時坂の御尾(みを)毎(ごと)に追ひ伏せ河(かは)の瀬毎(ごと)に追ひ撥(をさ)め始めて国を作りき也(なり)

「お前は、持ち出した大刀と弓矢でお前の庶兄弟ままあにおとを坂の峰に追い詰めて倒しまた川の瀬に追い詰めて屈しさせ、大国主の神となり宇都志国玉うつしくにたまの神となり私の娘須世理毘売すせりびめを正妻とし、宇迦能うかの山の山本(現在の鳥取県西伯郡さいはくぐん南部町倭やまと)の地の底の岩に巨大な宮柱を立て、高天原たかあまのはらに届く千木が立つ宮に居れ。それが奴なの国だ。」

このようにして、大刀と弓を持って八十神やそかみを追い立て坂の峰ごとに追い詰めて倒し河の瀬ごとに追い詰めて屈しさせ、ようやく国を作ったのでした。

故其八上比賣者如先期美刀阿多波志都 【此七字以音】 故其八上比賣者雖率來畏其嫡妻須世理毘賣而其所生子者刺挾木俣而返故名其子云木俣神 亦名謂御井神也此八千矛神將婚高志國之沼河比賣幸行之時到其沼河比賣之家歌曰

故(かれ)其(か)の八上比売(やがみひめ)者(は)先に期(ご)しし如(ごと)美(み)刀(と)阿(あ)多(た)波(は)志(し)都(つ) 【此(こ)の七字(ななもじ)音(こえ)を以(もち)てす】 故(かれ)其(そ)の八上比売(やがみひめ)者(は)率(い)て来たれ雖(ども)其(そ)の嫡妻(こなみ)須世理毘売(すせりびめ)を畏(かしこ)みて而(しかるに)其(そ)の生まれし所(ところ)子者(は)木俣(このまた)に刺し挾(はさ)みて而(しかるに)返(かへ)りし故(ゆえ)其(そ)の子に名づけ木俣(このまた)の神と云(い)ひ亦(また)の名は御井(みい)の神と謂(い)ふ也(なり)此(こ)の八千矛(やちほこ)の神将(まさ)に高志(こし)の国之(の)沼河比売(ぬなかはひめ)と婚(よば)はむとして幸行(みゆき)したまひし之(の)時其(そ)の沼河比売(ぬなかはひめ)之(の)家(いへ)に到りて歌(みうたよみたま)ひて曰(いは)く

さて、例の八上比売やがみひめとは、以前に結婚したと述べた通り夫婦の交わりを持っていました。

そこで、八上比売やがみひめは子を連れて来たのですが、正妻の須世理毘売すせりびめに遠慮し生まれた子を木の又に挟はさんで帰ったので、その子は木俣このまたの神と名付けられまたの名を御井みいの神といいます。

この八千矛やちほこの神(大国主命おおくにぬしのみことの別名)は、越こしの国(高志の国=現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部)の沼河比売ぬなかわひめと結婚しようとして出かけ、その沼河比売ぬなかわひめの家に到着して、このように歌いました。

夜知富許能迦微能美許登波夜斯麻久爾都麻麻岐迦泥弖登富登富斯故志能久邇邇佐加志賣遠阿理登岐加志弖久波志賣遠阿理登伎許志弖佐用婆比爾阿理多多斯用婆比邇阿理加用婆勢多知賀遠母伊麻陀登加受弖淤須比遠母伊麻陀登加泥婆遠登賣能那須夜伊多斗遠淤曾夫良比和何多多勢禮婆比許豆良比和何多多勢禮婆阿遠夜麻邇奴延波那伎奴佐怒都登理岐藝斯波登與牟爾波都登理迦祁波那久宇禮多久母那久那留登理加許能登理母宇知夜米許世泥伊斯多布夜阿麻波勢豆加比許登能加多理其登母許遠婆

夜知富許能(やちほこの)迦微能美許登波(かみのみことは)夜斯麻久爾(やしまくに)都麻麻岐迦泥弖(つままぎかねて)登富登富斯(とほとほし)故志能久邇邇(こしのくにに)佐加志賣遠(さかしめを)阿理登岐加志弖(ありときかして)久波志賣遠(くはしめを)阿理登伎許志弖(ありときこして)佐用婆比爾(さよばひに)阿理多多斯(ありたたし)用婆比邇(よばひに)阿理加用婆勢(ありかよばせ)多知賀遠母(たちがをも)伊麻陀登加受弖(いまだとかずて)淤須比遠母(おすひをも)伊麻陀登加泥婆(いまだとかねば)遠登賣能那須夜(をとめのなすや)伊多斗遠(いたとを)淤曾夫良比(おそふらひ)和何多多勢禮婆(わがたたせれば)比許豆良比(ひこづらひ)和何多多勢禮婆(わがたたせれば)阿遠夜麻邇(あをやまに)奴延波那伎奴(ぬえはなきぬ)佐怒都登理(さぬつとり)岐藝斯波登與牟(きぎしはとよむ)爾波都登理(にはつとり)迦祁波那久(かけはなく)宇禮多久母(うれたくも)那久那留登理加(なくなるとりか)許能登理母(このとりも)宇知夜米許世泥(うちやめこせね)伊斯多布夜(いしたふや)阿麻波勢豆加比(あまはせづかひ)許登能加多理(ことのかたり)其登母許遠婆(そともこをば)

八千矛やちほこの 神の命みことは 八洲国やしまくに 妻求まぎかねて 遠遠とほとほし 高志こしの国に 賢さかし女めを 有りと聞かして 美くはし女めを 有りと聞こして さ婚よばひに あり立たし 婚よばひに ありか呼ばせ 太刀たちが緒をも 未だ解かずて 襲おすひをも 未だ解かねば 乙女をとめの寝なすや 板戸いたとを押そぶらひ 吾わが立たせれば引こづらひ 吾が立たせれば青山に 鵺ぬえは鳴きぬ 狭野さぬつ鳥 雉子きぎしは響とよむ 庭つ鳥 鶏かけは鳴く うれたくも鳴くなる鳥か この鳥も打ち止やめこせね いしたふや 天馳あまはせ遣づかひ 事の語り外面此そともこをば

八千矛神命やちほこのかみのみことは 八洲やしまの国中(支配する国中)に妻を求められず 遠い遠い高志こしの国に賢い女性がいると聞いて 美しい女性がいると聞いて 求婚しに通い求婚しに出かけ 太刀たちの紐ひももまだ解かぬまま 長衣ながきぬ(古代の上着)もまだ脱がぬまま 乙女は寝ているかと 板戸を押し揺ゆさぶり 私が立てば戸を強く引き、 私が立てば青山に鵺(ぬえ)が鳴き 野鳥の雉きじが鳴き叫び 庭の鳥は鶏が鳴きます いまいましくも鳴く鳥よ 鳴くのをやめてくれないか 天駆ける使いよ このことを語って聞かせよう

爾其沼河比賣未開戸自內歌曰夜知富許能迦微能美許等奴延久佐能賣邇志阿禮婆和何許許呂宇良須能登理叙伊麻許曾婆和杼理邇阿良米能知波那杼理爾阿良牟遠伊能知波那志勢多麻比曾伊斯多布夜阿麻波世豆迦比許登能加多理碁登母許遠婆阿遠夜麻邇比賀迦久良婆奴婆多麻能用波伊傳那牟阿佐比能惠美佐加延岐弖多久豆怒能斯路岐多陀牟岐阿和由岐能和加夜流牟泥遠曾陀多岐多多岐麻那賀理麻多麻傳多麻傳佐斯麻岐毛毛那賀爾伊波那佐牟遠阿夜爾那古斐支許志夜知富許能迦微能美許登許登能迦多理碁登母許遠婆故其夜者不合而明日夜爲御合也
爾其(それに)沼河比売(ぬなかはひめ)戸を未開(あけず)内(うち)自(よ)り歌(うた)ひ曰(いは)く夜知富許能(やちほこの)迦微能美許等(かみのみこと)奴延久佐能(ぬえくさの)賣邇志阿禮婆(めにしあれば)和何許許呂(わがこころ)宇良須能登理叙(うらすのとりぞ)伊麻許曾婆(いまこそば)和杼理邇阿良米(わどりにあらめ)能知波(のちは)杼理爾阿良牟遠(などりにあらむを)伊能知波(いのちは)那志勢多麻比曾(なしせたまひそ)伊斯多布夜(いしたふや)阿麻波世豆迦比(あまはせづかひ)許登能加多理碁登母(ことのかたりごとも)許遠婆(こをば)阿遠夜麻邇(あをやまに)比賀迦久良婆(ひがかくらば)奴婆多麻能(ぬばたまの)用波伊傳那牟(よはいでなむ)阿佐比能(あさひの)惠美佐加延岐弖(えみさかえきて)多久豆怒能(たくづのの)斯路岐多陀牟岐(しろきただむき)阿和由岐能(あわゆきの)和加夜流牟泥遠(わかやるむねを)曾陀多岐(そだたき)多多岐麻那賀理(たたきまながり)麻多麻傳多麻傳(またまでたまで)佐斯麻岐(さしまき)毛毛那賀爾(ももなかに)伊波那佐牟遠(いはなさむを)阿夜爾(あやに)那古斐支許志(なこひしきし)夜知富許能(やちほこの)迦微能美許登(かみのみこと)許登能迦多理碁登母(ことのかたりごとも)許遠婆(こをば)故(ゆえ)其(そ)の夜者(は)不合(あはざ)りて而(しかるに)明日(あくるひ)夜に御合(まぐはひ)為(し)き也(なり)

それに対して、沼河比売ぬなかはひめは戸を開けず、家の中からこのように歌いました。

八千矛やちほこの 神の命みこと 萎草ぬえくさの 女めにしあれば 吾わが心 浦洲うらすの鳥ぞ 今こそば 吾鳥わどりにあらめ 後のちは 汝鳥などりにあらむを 命いのちは な殺しせ給たまひそ いしたふや 天馳あまはせ使づかひ 事の語り言ごとも 此こをば

青山に 日が隠かくらば 射干玉ぬばたまの 夜よは出いでなむ 朝日の 笑えみ栄え来て 栲綱たくづのの 白き腕ただむき 沫雪あわゆきの 若わかやる胸を 素手抱そだたき 手抱たたきまながり 真玉手玉手またまでたまで 差し枕まき 股長ももなかに 寝いは寝なさむを 奇あやに 汝恋なこひしきし 八千矛やちほこの 神の命みこと 事の語り言ごとも 此こをば

八千矛神命やちほこのかみのみことよ 私はか弱い女でしか有りません そしてその心は入り江にたたずむ鳥のようです 今はまだ私の鳥ですが やがてはあなたの鳥になるのでしょうから 命は奪わないでください 天を馳せる使いよ このことを語ってお伝えします

青い山に日が隠れ 真っ黒な夜になったらおいで下さい 朝日のような爽やかな笑みで来てくだされば 白い腕で泡雪のような若い胸で あなたに抱かれましょう 私はその愛しい手で抱かれ幸せな気持ちで眠ることができるでしょう 不思議な気持ちで あなたが恋しいのです 八千矛の神の命へ このことを語ってお伝えします

こうした事があってその夜は会わず、翌日の夜に夫婦の交わりをしました。

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Posted by 風社