【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その参
そして言いつけに従い、須佐之男命の御所に伺ったところ、 その娘の須勢理毘売が出てきて、一目でお互いを気に入り結婚し、家に戻りその父に申して言いました。
「大変素敵な神が来ました。」
それを聞き大神は出てきて、見るなりこう言いました。
「お前は、葦原色許男(葦原醜男=全国一醜い男の意味)である。」
そしてすぐに招き入れて、御所の蛇部屋で寝させようとしました。
そのためその妻の須勢理毘売命は、蛇比禮(大蛇のヒレ=十種神宝のうちのひとつ)を夫に授けて言いました。
「蛇があなたを噛もうとしたら、このひれを三度振り降ろして鎮めなさい。」
そこで教えられた通りにすると、蛇は自ずと静まりました。
その結果安らかに眠り、この部屋をでました。
亦來日夜者入吳公與蜂室且授吳公蜂之比禮教如先故平出之亦鳴鏑射入大野之中令採其矢故入其野時卽以火廻燒其野於是不知所出之間鼠來云內者富良富良 【此四字以音】 外者須夫須夫 【此四字以音】 如此言故蹈其處者落隱入之間火者燒過爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也其矢羽者其鼠子等皆喫也
亦日夜の来たれ者吳公与蜂との室に入りき且吳公蜂之比礼を授け先の如教へて故平ぎて之よ出き亦鳴鏑を大野に射入れし之中に其の矢を採ら令め故其の野に入りし時即ち火を以て其の野を廻して焼きき於是出づる所を不知りし之間鼠の来て云ひしく内者富良富良 【此の四字音を以てす】 外者須夫須夫 【此の四字音を以てす】 如此言ひし故に其の処を踏め者落ち隠り入りし之間火者焼き過ぎぬ爾に其の鼠其の鳴鏑を咋へ持ち出で来て而奉りき也其の矢羽者其の鼠の子等に皆喫はえぬ也
翌日また夜が来て、ムカデと蜂の部屋に入れられました。
また、吳公蜂之比禮(蜂比禮=十種神宝のうちのひとつ)を授けられ、前と同じように教えられ無事にここを出ました。
また 鳴鏑(矢先の後ろに音を発する鏃を付けた矢)を広い野原に射って入れ、その中に矢を取りに行かされました。
そしてその広い野原に入ると、火をその野の周囲に放ち燃やしました。
そのため、出口を見付けられずにいると鼠が来て言いました。
「内は富良富良、外は須夫須夫。」
このように言いましたのでその場所を踏んだところ、下に落ち隠れている間に、火は燃え過ぎていきました。
すると、その鼠が例の鳴鏑をくわえ持って出てきて、渡してくれました。
その矢羽の部分は、その鼠の子ども達に全部食べられしまっていました。
於是其妻須世理毘賣者持喪具而哭來其父大神者思已死訖出立其野爾持其矢以奉之時率入家而喚入八田間大室而令取其頭之虱故爾見其頭者吳公多在於是其妻取牟久木實與赤土授其夫故咋破其木實含赤土唾出者其大神以爲咋破吳公唾出而於心思愛而寢
於是其の妻須世理毘売者喪具を持ちて而哭きつつ来たり其の父大神者已に死せりと思ほし訖に其の野に出て立たしき爾其の矢を持ちて以て奉りし之時家に率ひ入れて而八田間の大室に喚び入れて而其の頭之虱を取ら令めたまひき故爾其の頭を見れ者呉公多に在りき於是其の妻牟久の木の実与赤土を取り其の夫に授けき故其の木の実を咋み破り赤土を含みて唾き出れ者其の大神呉公を咋み破りて唾き出ると以為ほして而心に於愛しく思ほして而寝にけり
こうしたことから、その妻須世理毘売は喪の備え(葬式の準備)を持ち、泣きながらやって来ました。
そこでその父の大神は、すでに死んだかと思いとうとうその野に出て、立っておられました。
ところが、取りに生かされた矢を手に入れ持ってきたので家に招き入れ今度は、大きな厚く塗り固められた壁の部屋に呼び入れ、その頭の虱を取るよう命じました。
そこでその頭を見たところ、ムカデがたくさんいました。
そのため、その妻は椋の木の実と赤土を取り、その夫に与えました。
そして、その木の実を噛み破り赤土を口に含み唾とともに出しました。
大神は、ムカデを噛み破り唾とともに出したと思い、心から愛おしく思われ、眠りに入られました。
爾握其神之髮其室毎椽結著而五百引石取塞其室戸負其妻須世理毘賣卽取持其大神之生大刀與生弓矢及其天詔琴而逃出之時其天詔琴拂樹而地動鳴故其所寢大神聞驚而引仆其室然解結椽髮之間遠逃故爾追至黃泉比良坂遙望呼謂大穴牟遲神曰
爾其の神之髪を握り其の室の椽毎に結著て而五百引石にて其の室戸を取り塞へ其の妻須世理毘売を負ひ即ち其の大神之生大刀与生弓矢と及其の天詔琴を取り持ちて而逃げ出し之時其の天詔琴の樹を払ひて而地の動み鳴りし故其の所寝たる大神聞き驚きて而其の室を引き仆しき然るに椽に結はれし髮を解きし之間遠く逃げき故爾追ひ黄泉比良坂に至り遥けく望み大穴牟遅神に呼び謂りて曰く
そこで、その神の髪をつかみその部屋の垂木(棟から軒に渡して、屋根を支える長い木材)ごとに結びつけ、五百引の岩(大きな岩)によってその入口の戸を塞ぎ、 妻須世理毘売を背負い、すぐにその大神の大刀と弓矢そして天詔琴を持って逃げ出した時、その天詔琴が樹の枝を払い大地が大音響を立てたので、 寝ていた大神はそれを聞いて驚き、部屋を引き倒しました。
ところが、垂木に結はれた髮を解いている間に、遠くまで逃げてしまいました。
それを追いかけ、黄泉比良坂まで来たところで遥かに望み、大穴牟遅神に叫び、こう告げました。
其汝所持之生大刀生弓矢以而汝庶兄弟者追伏坂之御尾亦追撥河之瀬而意禮 【二字以音】 爲大國主神亦爲宇都志國玉神而其我之女須世理毘賣爲嫡妻而於宇迦能山 【三字以音】 之山本於底津石根宮柱布刀斯理 【此四字以音】 於高天原氷椽多迦斯理 【此四字以音】 而居是奴也故持其大刀弓追避其八十神之時毎坂御尾追伏毎河瀬追撥始作國也
其れ汝が持ちし之所生大刀と生弓矢とを以て而汝が庶兄弟者坂之御尾に追ひ伏せ亦河之瀬に追ひ撥めて而意礼 【二字音を以てす】 大国主の神と為り亦宇都志国玉の神と為りて而其れ我之女須世理毘売を嫡妻と為て而宇迦能山 【三字音を以てす】 之山本に於底津石根に於宮柱布刀斯理 【此の四字音を以てす】 高天原に於氷椽多迦斯理 【此の四字音を以てす】 て而居れ是奴也故其の大刀弓を持ち其の八十神を追ひ避ひし之時坂の御尾毎に追ひ伏せ河の瀬毎に追ひ撥め始めて国を作りき也
「お前は、持ち出した大刀と弓矢でお前の庶兄弟を坂の峰に追い詰めて倒しまた川の瀬に追い詰めて屈しさせ、大国主の神となり宇都志国玉の神となり私の娘須世理毘売を正妻とし、宇迦能山の山本(現在の鳥取県西伯郡南部町倭)の地の底の岩に巨大な宮柱を立て、高天原に届く千木が立つ宮に居れ。それが奴の国だ。」
このようにして、大刀と弓を持って八十神を追い立て坂の峰ごとに追い詰めて倒し河の瀬ごとに追い詰めて屈しさせ、ようやく国を作ったのでした。
故其八上比賣者如先期美刀阿多波志都 【此七字以音】 故其八上比賣者雖率來畏其嫡妻須世理毘賣而其所生子者刺挾木俣而返故名其子云木俣神 亦名謂御井神也此八千矛神將婚高志國之沼河比賣幸行之時到其沼河比賣之家歌曰
故其の八上比売者先に期しし如美刀阿多波志都 【此の七字音を以てす】 故其の八上比売者率て来たれ雖其の嫡妻須世理毘売を畏みて而其の生まれし所子者木俣に刺し挾みて而返りし故其の子に名づけ木俣の神と云ひ亦の名は御井の神と謂ふ也此の八千矛の神将に高志の国之沼河比売と婚はむとして幸行したまひし之時其の沼河比売之家に到りて歌ひて曰く
さて、例の八上比売とは、以前に結婚したと述べた通り夫婦の交わりを持っていました。
そこで、八上比売は子を連れて来たのですが、正妻の須世理毘売に遠慮し生まれた子を木の又に挟んで帰ったので、その子は木俣の神と名付けられまたの名を御井の神といいます。
この八千矛の神(大国主命の別名)は、越の国(高志の国=現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部)の沼河比売と結婚しようとして出かけ、その沼河比売の家に到着して、このように歌いました。
夜知富許能迦微能美許登波夜斯麻久爾都麻麻岐迦泥弖登富登富斯故志能久邇邇佐加志賣遠阿理登岐加志弖久波志賣遠阿理登伎許志弖佐用婆比爾阿理多多斯用婆比邇阿理加用婆勢多知賀遠母伊麻陀登加受弖淤須比遠母伊麻陀登加泥婆遠登賣能那須夜伊多斗遠淤曾夫良比和何多多勢禮婆比許豆良比和何多多勢禮婆阿遠夜麻邇奴延波那伎奴佐怒都登理岐藝斯波登與牟爾波都登理迦祁波那久宇禮多久母那久那留登理加許能登理母宇知夜米許世泥伊斯多布夜阿麻波勢豆加比許登能加多理其登母許遠婆
夜知富許能迦微能美許登波夜斯麻久爾都麻麻岐迦泥弖登富登富斯故志能久邇邇佐加志賣遠阿理登岐加志弖久波志賣遠阿理登伎許志弖佐用婆比爾阿理多多斯用婆比邇阿理加用婆勢多知賀遠母伊麻陀登加受弖淤須比遠母伊麻陀登加泥婆遠登賣能那須夜伊多斗遠淤曾夫良比和何多多勢禮婆比許豆良比和何多多勢禮婆阿遠夜麻邇奴延波那伎奴佐怒都登理岐藝斯波登與牟爾波都登理迦祁波那久宇禮多久母那久那留登理加許能登理母宇知夜米許世泥伊斯多布夜阿麻波勢豆加比許登能加多理其登母許遠婆
八千矛の 神の命は 八洲国 妻求ぎかねて 遠遠し 高志の国に 賢し女を 有りと聞かして 美し女を 有りと聞こして さ婚ひに あり立たし 婚ひに ありか呼ばせ 太刀が緒も 未だ解かずて 襲をも 未だ解かねば 乙女の寝すや 板戸を押そぶらひ 吾が立たせれば引こづらひ 吾が立たせれば青山に 鵺は鳴きぬ 狭野つ鳥 雉子は響む 庭つ鳥 鶏は鳴く うれたくも鳴くなる鳥か この鳥も打ち止めこせね いしたふや 天馳せ遣ひ 事の語り外面此をば
八千矛神命は 八洲の国中(支配する国中)に妻を求められず 遠い遠い高志の国に賢い女性がいると聞いて 美しい女性がいると聞いて 求婚しに通い求婚しに出かけ 太刀の紐もまだ解かぬまま 長衣(古代の上着)もまだ脱がぬまま 乙女は寝ているかと 板戸を押し揺さぶり 私が立てば戸を強く引き、 私が立てば青山に鵺(ぬえ)が鳴き 野鳥の雉が鳴き叫び 庭の鳥は鶏が鳴きます いまいましくも鳴く鳥よ 鳴くのをやめてくれないか 天駆ける使いよ このことを語って聞かせよう
それに対して、沼河比売は戸を開けず、家の中からこのように歌いました。
青山に 日が隠らば 射干玉の 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕 沫雪の 若やる胸を 素手抱き 手抱きまながり 真玉手玉手 差し枕き 股長に 寝は寝さむを 奇に 汝恋ひしきし 八千矛の 神の命 事の語り言も 此をば
八千矛神命よ 私はか弱い女でしか有りません そしてその心は入り江にたたずむ鳥のようです 今はまだ私の鳥ですが やがてはあなたの鳥になるのでしょうから 命は奪わないでください 天を馳せる使いよ このことを語ってお伝えします
青い山に日が隠れ 真っ黒な夜になったらおいで下さい 朝日のような爽やかな笑みで来てくだされば 白い腕で泡雪のような若い胸で あなたに抱かれましょう 私はその愛しい手で抱かれ幸せな気持ちで眠ることができるでしょう 不思議な気持ちで あなたが恋しいのです 八千矛の神の命へ このことを語ってお伝えします
こうした事があってその夜は会わず、翌日の夜に夫婦の交わりをしました。
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