【古事記】(原文・読み下し文・現代語訳)上巻・その壱
故於投棄御杖所成神名衝立船戸神次於投棄御帶所成神名道之長乳齒神次於投棄御囊所成神名時量師神次於投棄御衣所成神名和豆良比能宇斯能神 【此神名以音】 次於投棄御褌所成神名道俣神次於投棄御冠所成神名飽咋之宇斯能神 【自宇以下三字以音】 次於投棄左御手之手纒所成神名奧疎神 【訓奧云於伎下效此訓疎云奢加留下效此】
故御杖を投げ棄ちし所に於成れる神の名は衝立船戸の神次に御帯を投げ棄ちし所に於成れる神の名は道之長乳歯の神次に御嚢を投げ棄ちし所に於成れる神の名は時量師の神次に御衣を投げ棄ちし所に於成れる神の名は和豆良比能宇斯能神 【此の神の名音を以てす】 次に御褌を投げ棄ちし所に於成れる神の名は道俣の神次に御冠を投げ棄ちし所に於成れる神の名は飽咋之宇斯能神 【宇自り以下三字音を以てす】 次に左の御手之手纒を投げ棄ちし所に於成れる神の名は奧疎の神 【奧を訓み於伎と云ふ下此れ效ふ疎を訓みて奢加留と云ふ下此れ効ふ】
ゆえに、御杖を投げ棄てた所に神が現れ、その名は衝立船戸の神。
次に御帯を投げ棄てた所に神が現れ、その名は道之長乳歯の神。
次に御嚢を投げ棄てた所に神が現れ、その名は時量師の神。
次に御衣を投げ棄てた所に神が現れ、その名は和豆良比能宇斯能の神。
次に御褌を投げ棄てた所に神が現れ、その名は道俣の神。
次に御冠を投げ棄てた所に神が現れ、その名は飽咋之宇斯能の神。
次に左の御手の手纒を投げ棄てた所に神が現れ、その名は奧疎の神。
次奧津那藝佐毘古神 【自那以下五字以音下效此】 次奧津甲斐辨羅神 【自甲以下四字以音下效此】 次於投棄右御手之手纒所成神名邊疎神次邊津那藝佐毘古神次邊津甲斐辨羅神右件自船戸神以下邊津甲斐辨羅神以前十二神者因脱著身之物所生神也
次に奧津那芸佐毘古の神 【那自り以下五字音を以てす下此れ効ふ】 次に奧津甲斐弁羅の神 【甲自り四字音を以てす下此れ効ふ】 次に右の御手之手纒を投げ棄ちし所に於成れる神の名は辺疎の神次に辺津那芸佐毘古の神次に辺津甲斐弁羅の神といふ右の件船戸の神自り以下辺津甲斐弁羅の神の以前十二神者身に著けし之物を脱きし所に因りて生りましき神也
次に奧津那藝佐毘古の神。
次に奧津甲斐辨羅の神。
次に右の御手の手纒を投げ棄てた所に神が現れ、その名を辺疎の神。
次に辺津那芸佐毘古の神。
次に辺津甲斐弁羅の神。
以上のお話で、衝立船戸の神から辺津甲斐弁羅の神までの十二柱の神は、身に着けたものを脱いだことにより現れた神です。
於是詔之上瀬者瀬速下瀬者瀬弱而初於中瀬墮迦豆伎而滌時所成坐神名八十禍津日神 【訓禍云摩賀下效此】 次大禍津日神此二神者所到其穢繁國之時因汚垢而所成神之者也次爲直其禍而所成神名神直毘神 【毘字以音下效此】 次大直毘神次伊豆能賣 【幷三神也伊以下四字以音】
於是詔はく上瀬者瀬速く下瀬者瀬弱し而初めて中瀬に於墮り迦豆伎而滌ぎましし時成り坐さえし所神の名は八十禍津日の神 【禍を訓み摩賀と云ふ下此れ効ふ】 次に大禍津日の神此の二神者其の穢繁き国に到りましし所之時汚き垢に因りて而神に成りまさえし所之者也次に其の禍を直して而成りまさえし所神の名は神直毘の神 【毘の字音を以てす下此れ効ふ】 次に大直毘の神次に伊豆能売 【并せ三神也伊より以下四字音を以てす】
ここで言いました。
「上流の瀬は速く、下流の瀬は弱い」
そこで、初めて中ほどの瀬に降り潜られた時成りました神は、名を八十禍津日の神、次に大禍津日の神といい、この二柱の神はその穢れがはなはだしい国に到りました時、その汚垢により神と成りました。
次にその災禍をなおすものとして成りました神は、名を神直毘の神、次に大直毘の神、次に伊豆能売といいます。
次於水底滌時時所成神名底津綿/上/津見神次底筒之男命於中滌時所成神名中津綿/上/津見神次中筒之男命於水上滌時所成神名上津綿/上/津見神 【訓上云宇閇】 次上筒之男命此三柱綿津見神者阿曇連等之祖神以伊都久神也 【伊以下三字以音下效此】 故阿曇連等者其綿津見神之子宇都志日金拆命之子孫也 【宇都志三字以音】 其底筒之男命中筒之男命 上筒之男命三柱神者墨江之三前大神也
次に水底に於滌ぎましし時成りまさえし所の神の名は底津綿/上声/津見の神次に底筒之男の命中に於滌ぎましし時成りまさえし所神の名は中津綿/上声/津見の神次に中筒之男の命水上に於滌ぎましし時成りまさえし所神は上津綿/上声/津見の神 【上を訓み宇閇と云ふ】 次に上筒之男の命此の三柱の綿津見の神者阿曇連等之祖神なりて以ちて伊都久神也 【伊より以下三字音を以てす下此れ効ふ】 故阿曇連等者其の綿津見の神之子宇都志日金拆の命之子孫也 【宇都志の三字音を以てす】 其の底筒之男の命中筒之男の命上筒之男の命三柱の神者墨江之三前大神也
次に水底で滌ぎました時に成りました神は、名を底津綿津見の神、次に底筒之男の命といいます。
中ほどで滌ぎました時に成りました神は、名を中津綿津見の神、次に中筒之男の命といいます。
水面で滌ぎました時に成りました神は、名を上津綿津見の神、次に上筒之男の命といいます。
この三柱の綿津見の神は阿曇連らの祖神であり、したがって斎くしみの神です。
こうしたことから、阿曇連らはその綿津見の神の子宇都志日金拆の命の子孫です。
その底筒之男の命・中筒之男の命・上筒之男の命の三柱の神は墨江之三前大神です。
於是洗左御目時所成神名天照大御神次洗右御目時所成神名月讀命次洗御鼻時所成神名建速須佐之男命 須佐二字以音 右件八十禍津日神以下速須佐之男命以前十四柱神者因滌御身所生者也
於是左の御目を洗ひましし時成りまさえし所神の名は天照大御神次に右の御目を洗ひましし時成りまさえし所神の名は月読の命次に御鼻を洗ひましし時成りまさえし所神の名は建速須佐之男の命 須佐の二字音を以いる 右の件八十禍津日の神の以下速須佐之男の命の以前十四柱の神者御身を滌ぎましし所に因り生りし者也
さらに左の御目を洗いました時に成りました神は、名を天照大御神といいます。
次に右の御目を洗いました時に成りました神は、名を月読の命といいます。
次に御鼻を洗いました時に成りました神は、名を建速須佐之男の命といいます。
ここまでの八十禍津日の神以下、建速須佐之男の命以前の十四柱の神は、身体を滌ぎましたことにより産まれました。
此時伊邪那伎命詔吾者生生子而於生終得三貴子卽其御頸珠之玉緖母由良邇 【此四字以音下效此】 取由良迦志而賜天照大御神而詔之汝命者所知高天原矣事依而賜也故其御頸珠名謂御倉板擧之神 【訓板擧云多那】
此の時伊邪那伎の命大歓喜びて詔はく吾者子を生み生みて而生み終へるに於三はしらの貴き子を得てあり即ち其の御頸の珠之玉の緖母由良邇 【此の四字音を以てす下此効ふ】 取り由良迦志めて而天照大御神に賜りて而詔はく之汝の命者高天原これ知らしむ所矣と事依せ而賜ひき也故其の御頸の珠の名は御倉板挙之神と謂ふ 【板挙を訓みて多那と云ふ】
この時、伊邪那伎の命は大いに喜び言いました。
「私は子を生んでまた生み、生み終えて三柱の貴い子を得た。」(三貴子という)
そしてその首飾りの玉の緒を、ゆらゆら取り外し玉の当たる音をさせながら天照大御神に、手ずから賜りました。
そして言い渡しました。
「そなたへの命は、高天原を治めることだ。よろしく頼む。」
ゆえに、その御首にかけた珠の名を御倉板挙の神といいます。
次詔月読命汝命者所知夜之食國矣事依也 【訓食云袁須】 次詔建速須佐之男命汝命者所知海原矣事依也故各隨依賜之命所知看之中速須佐之男命不知所命之國而八拳須至于心前啼伊佐知伎也 【自伊下四字以音下效此】 其泣狀者青山如枯山泣枯河海者悉泣乾是以惡神之音如狹蠅皆滿萬物之妖悉發
次に月読の命に詔はく汝の命者夜之食国これ知らしむ所矣と事依せたまひき也 【食を訓み袁須と云ふ】 次に建速須佐之男の命に詔はく汝の命者海原これ知らしむ所矣と事依せたまひき也故各依せ賜ひし之命に隨ひて知らしむ所之れを看す中に速須佐之男の命命せらるる所之国を不知而八拳の須心前に于至り啼き伊佐知伎也 【伊自り下四字音を以てす下此に効ふ】 其の泣き状し者青き山枯る山の如く泣き枯れ河海者悉く泣き乾き、是を以ちて悪しき神之音狭蝿の如く皆満てり万の物之妖悉く発ちき
次に月読の命に言い渡しました。
「そなたへの命は、夜の治める国を治めることだ。よろしく頼む。」
次に建速須佐之男の命に言い渡しました。
「そなたへの命は、海原を治めることだ。よろしく頼む。」
このようにして、おのおの依頼なさった命によって治める様子を見て回る中、速須佐之男は何もせず命された国は治まっておりませんでした。
そしてひげが八拳の胸先まで伸び、泣いてばかりいました。
その泣き状すことで、緑の山はすっかり泣き枯れ、枯れ山となり川海はことごとく泣き、水が枯れそれによって悪神の音が鳴り渡り、すべてに満ちておりました。
万物は何もかも妖気を放っておりました。
故伊邪那岐大御神詔速須佐之男命何由以汝不治所事依之國而哭伊佐知流爾答白僕者欲罷妣國根之堅洲國故哭爾伊邪那岐大御神大忿怒詔然者汝不可住此國乃神夜良比爾夜良比賜也 【自夜以下七字以音】 故其伊邪那岐大神者坐淡海之多賀也
故伊邪那岐の大御神詔はく速須佐之男の命何由汝を以ちて事依せたまはゆ所之国を不治るや而哭き伊佐知流爾答へて白ししく僕者妣の国根之堅洲国に罷らむと欲りする故に哭く爾伊邪那岐大御神大忿怒りて詔はく然者汝此の国に住まはじ乃ち神夜良比爾夜良比賜ひき也 【夜自り以下七字音を以てす】 故其の伊邪那岐大神者淡海之多賀に坐す也
そこで、伊邪那岐大御神が聞かれました。
「速須佐之男の命よ、どうして依頼した国を治めないのか。」
それに対して、泣きじゃくりながらお答え申し上げました。
「私は、母の住む根之堅洲の国に行きたくて泣いているだけなのです。」
それを聞いて伊邪那岐大御神は激怒し、申し渡しました。
「しからば、お前はこの国に住むべからず。であれば根之堅洲の国に行ってしまえ。」
こうした事があり、伊邪那岐大神は近江の国の多賀に引きこもってしまいました。
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